太永浩候補が与党候補を大きくリードしている

太永浩候補が与党候補を大きくリードしている

太永浩候補(元北朝鮮英国公使)出典『朝鮮日報朝鮮日報』

太永浩候補が与党候補を大きくリードしている

 北朝鮮から亡命した最高位とされる太永浩元英国公使が、4月15日投票の韓国総選挙に出馬した。野党の未来統合党からの出馬で、競合する与党候補を大きくリードしており、当選する見通しだ。国会議員として活動を本格化させれば、太氏を「人間の屑」、「民族の裏切り者」と罵ってきた北朝鮮が警戒を強めるのは確実。停滞している南北関係に新たな波紋が起きそうだ。

 脱北者の国会議員と言えば、北朝鮮の金日成大学教授だった趙明哲氏(セヌリ党の比例代表として当選)がいるが、象徴的存在で目立った活動はしないまま引退した。

2016年、韓国亡命後は金正恩政権を厳しく批判してきた

 太永浩氏は外交官経験者で、北朝鮮政権の核政策にも精通している。2016年に韓国に亡命したあと、数々の記者会見をこなし、『三階書記室の暗号 北朝鮮外交秘録』(日本語版は「文藝春秋」より2019年6月に発刊)という内部告発の本も発表した。

 2019年には日本を訪問した。講演会を開き「外国から食料を輸入して、人民を養う力があるにも関わらず、その力を核兵器(開発)に使っているのが北朝鮮だ」、「金正恩の目には、北朝鮮の人民は、人権を保証する対象として入っていない」と人権無視の現状を手厳しく批判している。

 韓国メディアは、北朝鮮分析の第一人者として太氏を数多く出演させていた。太氏自身も、自分の「ユーチューブ」番組を運営し、多くの視聴者を集めていた。

北朝鮮住民を救う思いを込めて太救民の名で出馬。対抗馬は過激な南北統一主張と批判

 その知名度に注目したのが、劣勢を伝えられる「未来統合党」だ。保守系の野党が合同した政党である。総選挙に向けて候補者の大幅な入れ換えを進めた。太候補にも白羽の矢を立て、伝統的に保守支持者の多いソウルの「江南甲」選挙区から出馬させた。

 候補者としての届け出名は「太救民(テ・クミン)」。北朝鮮の住民を救うという願いが込められている。当選すれば北朝鮮の体制に反対し、文在寅政権の対北朝鮮政策も批判するのは間違いない。

 その太氏は、503人の有権者を対象にした最新の世論調査で支持率42.6パーセントと1位、対抗馬、与党民主党の金星坤候補(当選4回)は33.7パーセントで、大きく差が開いている。

 選挙戦は、新型コロナウイルス問題のため派手なパーフォーマンスはできない。それでも太氏は、手袋をした手で自分の名刺を有権者に1枚1枚渡すなど、ドブ板選挙を展開している。またSNSも駆使し、自分の遊説の様子を映像でも伝えている。

 対立する金候補は、「太候補は過激な南北統一を唱えており、危険だ」、「選挙のひと月前に引っ越してきたばかりで、地域の事情が分からない」と批判している。

 これに対して、太候補は、「過激な統一を主張したことはない」と反論し、地域住民に向け税金の軽減策を訴えるなど、北朝鮮以外の政策もアピールしている。
 

すでに北朝鮮系組織からスマホへのハッキングを受ける

 選挙民の反応を取材した『東亜日報』によれば、有権者の1人は「これまで保守系候補に入れてきたが、脱北者出身候補なので投票すべきか迷っている」と答えている。韓国社会にはまったく違う社会体制の中で生活してきた脱北者への不信感が、いまだに根強い。

 北朝鮮側も、太氏の動向には神経を尖らせている。2019年には、北朝鮮と関係があると推定される組織「クムソン121(Geumseong121)」からスマートフォンをハッキングされたことが分かっている。当選すれば、公的メディアを使って、太氏への攻撃を再開するだろう。

五味 洋治(ごみ ようじ)
1958年長野県生まれ。83年東京新聞(中日新聞東京本社)入社、政治部などを経て97年、韓国延世大学語学留学。99~2002年ソウル支局、03~06年中国総局勤務。08~09年、フルブライト交換留学生として米ジョージタウン大に客員研究員として在籍。現在、論説委員。著書に『朝鮮戦争は、なぜ終わらないか』(創元社、2017年)『金正恩 狂気と孤独の独裁者のすべて』(文藝春秋、2018年)など。

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