“水爆弾”がソウルを襲った

“水爆弾”がソウルを襲った

光明市を流れる安養川。川岸の遊歩道が水没(著者撮影)

 この夏、東北地方に大雨を降らせた前線は、朝鮮半島中部にも雨雲を発生させ、ソウルなど首都圏を中心に8月8日未明から雷を伴って豪雨をもたらせた。

 10日午前6時までの総雨量は、ソウル銅雀(トンジャク)区で525ミリ、京畿道楊平(ヤンピョン)市で533ミリ、同じく広州(クァンジュ)市で525ミリなどに達し、それこそ“水爆弾”(朝鮮日報)と呼ぶほどの記録的な豪雨となり、大きな被害を残した。

 この記録的な豪雨で、住宅への浸水や激流に巻き込まれるなどして9人が死亡、7人が行方不明となり、17人のケガ人が出ている(10日午前10時現在、以下同じ)。

 住宅の損壊などの被災者はソウル市と京畿道を中心に398世帯570人に上り、また、724世帯1253人が一時避難した。

 公共インフラは、ソウルの鉄道や地下鉄の線路が10か所で冠水して運行が中断したほか、ホームに水が流れ込んだり、天井から水が漏れ出すなど鉄道施設6か所で被害があった。

 民間施設では、住宅・店舗の浸水は2676棟で、この内のほとんど2419棟がソウルで発生した被害だった。

 また、ソウルと京畿道では、川のようになった道路の冠水で車が水没したり、流されたりするなどして、輸入車1900台を含むおよそ7000台の車両が被害を受け、損害保険大手5社に連絡があった損害額は合わせて774億ウォン(約79億円)と推定されているという。

映画より悲惨だった「半地下の家族」

 超高層ビルやアパートが建ち並び、近代的な道路網や鉄道網が整備されたソウル首都圏だが、さすがにこれだけの大雨には脆弱(ぜいじゃく)であることを見せつけた。

 とりわけソウル市内の犠牲者の多くが、「半地下」とよばれるアパートの最下層に住む人々だったことにショックが広がっている。

 半地下は、天井近くにある窓が地面の高さとほぼ同じで、部屋全体は文字通り半分地下に埋まっているアパートの部屋で、住宅費が安いことから貧困層や学生を中心に借りる人が多い。

 オスカーを受賞したポン・ジュノ監督の映画「パラサイト 半地下の家族」には、大雨が降ると水が逆流してトイレから黒い汚水が吹き出すシーンや首の高さまで水に埋まる部屋のシーンが出てくるが、それこそ映画パラサイトで描かれた以上の悲惨な光景が繰り広げられたことになる。

 半地下(パンチハ)の英語表記Banjihaは、もはや国際的に通用する単語となり、同時に韓国の絶望的な貧困層の存在と深刻な貧富の格差を象徴する言葉となっている。

 大雨が降って半地下に水が流れ込むと、あっという間に水かさが増し、ドアが開かなくなるのだという。亡くなった人の中には、障害者や13歳の女の子が含まれていた。

ソウルの住宅の5%が半地下住宅

ソウルの住宅の5%が半地下住宅

濁流の安養川(著者撮影)

 尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は、10日、死者が出たアパートの現場を視察し、犠牲者になった住民は夜、寝ている状況の中で、流れ込んできた水に気づかなかったことなど、アパートの住民から事情を聞き取っていた。

 ソウル市によると、ソウル市内にある半地下住宅は合わせて20万戸で、ソウル市内の全住宅数の5%に上るという。

 ソウル市は、大雨による浸水で半地下の住宅に住む住民が避難できず、亡くなったことを受けて、建物の半地下に住居用の居室を建築することを許可しないことにする法改正を進めることになった。

 ソウル市は今月中に、実態把握のための全数調査を行う予定だという。

大統領支持率は24%まで落ちた

 尹大統領は10日、政府庁舎の中央災害安全状況室で被害状況点検会議を開いた。

 大雨により死者が出るなどの被害が発生したことについて、「政府を代表して犠牲者の冥福を祈り、不便を強いられた国民に対し申し訳ない気持ちを申し上げる」として謝罪した。

 その尹大統領は、被害が広がっていた9日未明、大統領室に出勤せず、自宅のマンションから電話で指示を出していたことが、国民の批判を浴びている。

 その前の1週間、尹大統領は夏休みを取ったが、この夏休みの間に尹大統領の支持率は、24%まで下がり、歴代最速で20%台まで支持率が下がった大統領として、政権の危険信号まで出されるほどだ。

 文在寅(ムン・ジェイン)前政権の間、様々な不動産対策が打ち出されたが、すべてが裏目に出た。

 結果、不動産価格がソウルでは2倍近くまで高騰し、若者の中には、もはや住宅の購入を諦めたという人も多い。

 尹大統領も、社会の最底辺にいる国民のことを考え、貧困脱出のための根本的な政策や貧富の格差解消のための抜本的な対策を打ち出さない限り、支持率低迷から抜け出す妙薬はないかもしれない。

小須田 秀幸(こすだ ひでゆき)
NHK香港支局長として1989~91年、1999~2003年駐在。訳書に許家屯『香港回収工作 上』、『香港回収工作 下』、パーシー・クラドック『中国との格闘―あるイギリス外交官の回想』(いずれも筑摩書房)。2019年から現在までKBSワールドラジオ日本語放送で日本向けニュースの校閲を担当。「ノッポさんの歴史ぶらり旅」をKBS日本語放送のウェブサイトとYouTubeで発表している。

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