金正恩労働党委員長とポンペオ米国務長官が会談

金正恩労働党委員長とポンペオ米国務長官が会談

出典 『労働新聞』電子版

 北朝鮮国営放送「朝鮮中央通信」は5月10日、金正恩労働党委員長が訪朝したポンペオ米国務長官と9日に会談し、その中で米朝首脳会談に向けて協議を行ったと報じた。

 そして、米国は10日、「米朝首脳会談を6月12日にシンガポールで開催する」と正式に発表した。

 金正恩党委員長とポンペオ国務長官との会談で米朝首脳会談の日程や議題など詳細が決められたのだろう。

 さて、ポンペオ国務長官はCIA長官だった今年4月1日頃にも訪朝し、今回国務長官として2回目の訪朝を遂げたわけだが、米国務長官が訪朝するのはこれが初めてではない。クリントン政権当時、マデレーン・オルブライト国務長官(当時)が訪朝している。

2000年のオルブライト国務長官訪朝(クリントン政権時代)

 オルブライト国務長官訪朝の発端は、2000年10月にさかのぼる。訪米特使としてワシントンを訪れた趙明禄(当時、国防委員会第一副委員長)はクリントン大統領(当時)に対し、金正日総書記から預かった親書を手渡し、大統領に対して平壌を訪問してほしい旨伝えた。クリントン大統領は、何の準備もなく現職大統領として訪朝することはさすがに難しいと考え、オルブライト国務長官を前段階として派遣させることに決めた。この時大統領任期は目前に迫っていた(任期は2001年1月20日まで)。

 オルブライト国務長官は2000年10月23日に訪朝し、金正日総書記による歓待を受けた。

 金正日総書記はオルブライト国務長官に対し、1998年8月のテポドン打ち上げについては「最初の人工衛星打ち上げであり、最後の打ち上げとなるだろう」と語り、射程500km以上の弾道ミサイル(テポドンやノドンなど)を配備しないことに同意するなど、ミサイル開発計画に制限を加えることに対して前向きな意向を示したという。1994年の「米朝枠組み合意」以来停滞していた米朝関係をダイナミックに変化させる可能性を秘めた会談となった。

 だが、その後クリントン大統領の(現職大統領としての)訪朝は実現せず、またブッシュ政権になり北朝鮮政策が転換されたこともあり、米朝関係は膠着(こうちゃく)した。

米国大統領の訪朝が持つ意義

 さて、結局実現はしなかったが、金正日総書記が米国の要請(ミサイル開発計画への制限)を受け入れる意向を示した背景には、クリントン大統領の訪朝を促す狙いがあったとされている。北朝鮮にとって、米国の現職大統領が北朝鮮を訪問する意義はそれほどまでに大きい。米国大統領の訪朝は、米国から正当な国家として承認されるのと似た意味合いを持つからだ。

 同じ分断国家である韓国は国際社会と協調して発展してきたというのに、時にはならず者国家として非難され、米国からの脅威に常に脅かされてきた北朝鮮にとって、米国から国家として承認を受け、米国と平和関係が構築されれば、ミサイル開発など必要ないということだろう。

史上初となるトランプ大統領と金正恩委員長による米朝首脳会談の行方

 では、話をポンペオ現国務長官の訪朝に戻そう。

 金正恩委員長とポンペオ国務長官との会談の詳細についてはまだ語られていないが、米朝首脳会談の日程調整とともに、米朝平和協定の締結やトランプ大統領の訪朝、さらには金正恩委員長の訪米についても言及があったのではと考える。

 板門店が米朝首脳会談の最終候補地として残ったにもかかわらず外れたのはなぜだろうか。板門店であれば会談の成り行き上、トランプ大統領が北朝鮮側に足を踏み入れ、米国大統領の初訪朝が実現する可能性が高いという声もあった。ホワイトハウスは米国大統領の初訪朝という意義を重く受け止め、今回は板門店を外したのだろうか。

 何はともあれ米朝の協議の末、初の米朝首脳会談はシンガポールと決まった。北朝鮮の悲願であった米朝首脳会談がついに実現する。

 もし今回の会談がうまくいけば、第2回目、第3回目の米朝首脳会談の開催地が平壌、ワシントンとなる可能性が大いにある。今後の進展を見守りたい

久原嶺白(Hisahara Mineaki)

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