香港は25年間で何が変わったか?

香港は25年間で何が変わったか?

立法会前の道路を79日間にわたって占拠した雨傘革命の現場写真(2014年9月著者撮影)

 「香港返還」から25年が過ぎた。この間に何が変わったかと言えば、国際金融都市としての地位を謳歌した香港が、今や完全に中国の1地方都市に転落したことだ。

 中国に返還された1997年当時、香港のGDPは中国のGDPの18.4%に相当した。

 しかし、去年2021年の香港のGDPは中国のGDPの2.1%に過ぎない。同時に人々の生活と思想統制も、中国国内と同じレベルになった。

 あれだけ自由を享受していた香港の人々は、今や新疆ウイグルの人々と同じように厳しい監視と統制の下に置かれ、人々はSNSの文面にも気を使い本音を漏らすことはなくなった。

「一国二制度は成功」と言い張るが…

 新中国建国後、毛沢東は、香港を西側への窓口として利用するため、英国植民地の地位に手をつけなかった。

 香港・新界の99年間の租借期限が迫るなか、英国と返還交渉を行った鄧小平は「一国二制度」というアイデアを編み出し、香港の制度と自由な市民生活は50年間変えないと約束した。

 それから約束の50年は半分も経っていないのに、その一国二制度は見る影もない。

 2019年に香港国家安全維持法が施行されると、多くの民主派議員や市民活動家、ジャーナリストが逮捕された。

 香港の一国二制度を破壊した張本人である習近平主席は30日、返還25周年を祝う祝賀式典に出席するため香港に到着した。この件は韓国でも大きく報じられている。

 その歓迎式での挨拶で、「香港の“一国二制度”は強大な生命力を持ち、 香港の長期安定と繁栄を確保したことを証明した。一国二制度を堅持すれば、香港の未来は今より美しく、香港が中華民族の偉大な復興に貢献するのは間違いない」と述べた。

 習氏が言う一国二制度とは、いかなる実態を指すのか、皆目わからない。

「自由な香港は危険」と恐れた習政権

 その習氏が権力の座に就いた翌年の2013年4月、「9号文件」という秘密文書が党内に発布され、自由民主主義や言論の自由など西側の思想が浸透することへの警戒が呼びかけられた。

 秘密文書は、「当面のイデオロギー領域の状況に関する通知」と題され、1)西側の「立憲民主制」を宣揚することは、党の指導を否定し、中国の特色ある社会主義政治制度の否定を企図している。2)「普遍的価値」を宣揚することは、党の指導に関する思想的理論的基礎を動揺させる。

 以下、「市民社会」「新自由主義」「西側のジャーナリズム」「歴史虚無主義(ニヒリズム)」「改革開放への疑問」の7項目にわたり、西側先進諸国の価値観や制度が中国の一党支配体制を崩壊させ、その理論的根拠を破壊することへの警戒感を喚起させている。

香港と現在のウクライナ情勢

香港と現在のウクライナ情勢

直接選挙の実現などを要求した雨傘革命(2014年9月著者撮影)

 英国「最後の香港総督」クリストファー・パッテン氏は、近著(The Hong Kong Diaries)で、この9号文件は、まさに香港を標的にしたもので、この秘密文書が警戒の対象とした普遍的価値とか市民社会といったイデオロギー状況とは香港の姿そのものだったと明らかにしている。

 直接選挙の実施を求めて学生らが香港中心部の道路を79日間にわたって占拠した「雨傘革命」が起きたのは、9号文件が出された翌年の2014年秋だった。

 ちなみに、現在のウクライナ情勢につながる「マイダン(広場)革命」――EU加盟を支持する学生や市民と機動隊が衝突し多数の死傷者を出した事件で、親ロシア派のヤヌコーヴィチ大統領の失脚とロシアによるクリミア半島の占領につながった――が起きたのも同じ2014年の2月のことだった。

 西側の自由な思想を許せば、どういう事態になるかを中国の指導者は、当時から予測し、怯えていたのである。

香港=「占領された領土」という歴史の書き換え

 パッテン氏によると、中国では最近も教科書の出版社に対して、香港は「植民地」ではなく、「占領された領土」だったと教えるようにという厳しい指示が出されたという。

 しかし、香港の割譲と租借は、すべて条約に基づいて行われたものである。

 自由を求めて中国を脱出した人々によって「東方の真珠」と呼ばれるような、きらびやかに輝く繁栄と希望の都市は築かれた。

 香港は占領された領土だと教えられることによって、香港の価値は否定され、歴史の書き換えは進むことになる。

 一国二制度は、習近平長期政権が目指す台湾統一の方式でもある。

 返還前、香港では「土地だけ戻っても、人心が戻らなければ、本当の返還とは言えない」と言われたが、香港も台湾も、さらにはウクライナも、そこに暮らす人々の意向や日常はいつも置き去りにされている。

小須田 秀幸(こすだ ひでゆき)
NHK香港支局長として1989~91年、1999~2003年駐在。訳書に許家屯『香港回収工作 上』、『香港回収工作 下』、パーシー・クラドック『中国との格闘―あるイギリス外交官の回想』(いずれも筑摩書房)。2019年から現在までKBSワールドラジオ日本語放送で日本向けニュースの校閲を担当。「ノッポさんの歴史ぶらり旅」をKBS日本語放送のウェブサイトとYouTubeで発表している。

記事に関連のあるキーワード

おすすめの記事

こんな記事も読まれています

コメント・感想

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA