脱北者の急減は何を意味するのか?

脱北者の急減は何を意味するのか?

文在寅大統領の実質最終年2021年の脱北者は63人だった 出典 文在寅政府大統領府公式ツイッター

 韓国統一省によると、去年2021年に北朝鮮から韓国入りした「脱北者」はわずか63人だった。

 その前年2020年は229人、前々年の2019年は1049人だったので、2年連続でそれぞれ前の年の4分の1程度に急減していたことがわかる。

 ちなみに、脱北者の数は2009年の2914人をピークに減少傾向が続き、文在寅(ムン・ジェイン)政権になった2017年が1127人、18年が1137人、19年が1049人とほぼ同じ傾向が続いた。

 2020年初め、新型コロナウイルスが中国武漢を中心に猛威を振るった直後、北朝鮮は中国との国境を閉じ、人や物の出入りを禁止したため、韓国に脱出するルートは、海上を船で渡るしか方法がなくなった。

 2019年から翌年にかけて脱北者の数が4分の1に急減したのは、新型コロナによる国境封鎖が原因だったことがわかる。

 それでは、2020年から翌年にかけてさらに4分の1に減った理由は何か。

「追い返せ」北朝鮮船対応マニュアルを作成

 2019年6月、北朝鮮の木造小型船が、海上の南北軍事境界線に当たる北方限界線(NLL)を超えて南の海域に進入し、韓国軍や海洋警察の警戒監視網に引っかかることもなく、韓国北東部の江原道三陟(サムチョク)港に入港するという事件があった。

 彼らが入港・上陸するまで、韓国当局はまったく気づかなかったという不祥事が発覚する事件でもあった。

 実は、この事件のあとの2019年9月、大統領府青瓦台の国家安保室は、海上で北朝鮮船舶を発見した場合、「拿捕せずに、現場で退去を求め、追い返せ」という対応マニュアルを作っていたことが、最近になって明らかになった。

北朝鮮の木造船漂着が激減したのも…

 北朝鮮の木造船と言えば、日本の東北地方など日本海沿岸に漂着した事例も2019年だけで141件も発見されている。

 韓国側が掌握した北朝鮮船のNLL侵犯事件も2017年には24件だったものが、2019年には392件に急増。つまり、1日1件以上は発生した計算になる。

 しかし、国家安保室が北朝鮮船を現場で追い返すというマニュアルを作成し、関係機関に通知して以降は、NLL侵犯事件は激減し、同時に日本海沿岸に漂着する木造船もすっかり影を潜めた。

 そうした最中、2019年11月に発生したのが、北朝鮮のイカ釣り漁船が韓国海軍によって拿捕され、乗っていた漁船員2人が韓国への亡命を希望したにも関わらず、5日後に軍事境界線の板門店を通じて強制送還されるという事件であった(詳しくは「金正恩氏への生贄か 文政権の人道無視の蛮行を明らかにする写真公開」を参照)。

「南に逃げても無駄。すぐに送り返される」

 北朝鮮に送り返されれば、確実に死刑になるとわかっていながら、板門店の軍事境界線で北朝鮮側に引き渡した。

 韓国当局が、引き渡される瞬間まで抵抗を続けた2人を羽交い締めにして無理やり送還したことは、統一省が発表した写真や動画から紛れもない事実である。

 この事件のあと、北朝鮮側は住民に対して、「南側に脱出して亡命を求めても、韓国側に捕まってすぐに送り返されるから無駄だ」と教育しているという。

 その結果が、冒頭に示した2021年の脱北者の数が63人に急減するという状況に現れているのであろう。

明らかになる文政権の北朝鮮秘密交渉

 今年3月8日、西側の黄海の白翎島沖合でNLLを越えた北朝鮮船舶1隻が拿捕された。

 しかし、その翌日、つまり、韓国大統領選挙の当日に北朝鮮側に送還されていたことが最近になって明らかにされた。

 この船には、北朝鮮の軍服を着た6人など合わせて7人が乗船していたが、この船を追って北朝鮮海軍の警備艇もNLLを超えて南側に侵入したため、韓国海軍の高速艇は、40ミリ砲3発の警告射撃したという。

 そこまでして拿捕した北朝鮮船だが、国家情報院や統一省を加えた合同調査で、NLLを超えて南に侵入した理由や北朝鮮の警備艇に追跡されていた理由を追及することなく、北朝鮮に送還したのである。

 しかも、こうした事実が、左派政権から保守政権に政権交代し、閣僚が替わるまで、いっさい国民には明らかにされず、闇に葬られようとしていた。

北朝鮮の顔色を伺うだけの5年間

 「人権派弁護士」を肩書きにした文在寅氏だったが、政権を握った5年間は、北朝鮮の住民の人権については一顧だにしない冷酷な政権だった。

 事実、国連の北朝鮮人権決議には、文政権の間、1度も賛成を表明しなかった。

 脱北者団体が、北朝鮮政権を非難するビラを風船に乗せて飛ばす行為に対して、金正恩(キム・ジョンウン)委員長の妹・金与正(キム・ヨジョン)氏が不快の意を示すと、直ちに風船を飛ばす行為を禁止する法律を施行した。

 韓国の公務員が海上で北朝鮮軍によって射殺される事件が起きても、開城工業団地で南北連絡事務所の入ったビルが爆破されても、文政権は北朝鮮に抗議することさえなかった。

 北朝鮮の顔色を伺うだけの文政権の5年間は、北朝鮮住民の人権や暮らしが向上することはなく、逆にミサイル技術や核開発が進んだことは間違いない。

小須田 秀幸(こすだ ひでゆき)
NHK香港支局長として1989~91年、1999~2003年駐在。訳書に許家屯『香港回収工作 上』、『香港回収工作 下』、パーシー・クラドック『中国との格闘―あるイギリス外交官の回想』(いずれも筑摩書房)。2019年から現在までKBSワールドラジオ日本語放送で日本向けニュースの校閲を担当。「ノッポさんの歴史ぶらり旅」をKBS日本語放送のウェブサイトとYouTubeで発表している。

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