北朝鮮が南北共同連絡事務所を爆破

北朝鮮が南北共同連絡事務所を爆破

北朝鮮国営メディアが伝えた「南北共同連絡事務所」爆破の瞬間(提供「コリアメディア」)

 北朝鮮は6月16日午後、軍事境界線に近い開城工業地区にある「南北共同連絡事務所」を爆破した。国営メディアを通じて「完全に破壊した」と発表し、爆破の瞬間をおさめた写真や動画を用いて報じている。

 今回の南北対立の発端は、韓国の脱北者(北朝鮮脱出住民)団体が5月末に北朝鮮の体制批判をするビラ散布を行ったことにある。

 北朝鮮側はビラ散布を非難する声明を相次いで発表しており、金正恩委員長の実妹、金与正党第1副部長は6月4日および6月13日に発表した談話の中で南北共同連絡事務所の閉鎖や爆破を警告していた。

 爆破後、北朝鮮側は、「(韓国との軍事境界線がある)非武装地帯(DMZ)に軍を再配備する準備ができている」と警告するなど緊張が高まっている。

 過去にはビラ散布をめぐり軍事境界線付近で銃撃戦も起きている。たとえば、2014年10月10日に韓国側がビラを添付した風船を飛ばしたところ、北朝鮮側が対空機関銃を発射し、その銃弾が韓国側に届いたために韓国軍が対応射撃を行うという事件が発生した(北朝鮮側の銃撃は風船を狙ったものと考えられる)。

 脱北者団体「自由北韓運動連合」は6月25日(朝鮮戦争勃発70年)に風船などを用いて金正恩政権を批判するビラ散布を強行することを明らかにしていることから、もし韓国政府がこれを止めることができなければ過去と同様の衝突も起こりえるだろう。

金与正氏の止まらぬ非難に対して韓国側も一転して厳しく批判

 ちなみに、金与正氏は6月17日にも談話を発表しているが、韓国への非難を緩めていない。

 文在寅大統領が15日に開催された南北共同宣言20年を記念する行事で「対決の時代に戻ってはいけない」と南北交流、協力を呼び掛ける演説を行ったことに対して、「鉄面皮の詭弁(きべん)」、「演説には対北ビラ散布に対する謝罪と反省、再発防止の発言がない」などと酷評した。

 これに対して、これまで北朝鮮の対韓非難に取り合わない姿勢を貫いてきた韓国青瓦台(大統領府)が「無礼」、「非常識な行為」などと強く批判。これまで歩み寄りを続けてきた韓国政府としては対照的な姿勢に転じている。

文政権最大の成果であり南北交流の象徴であった南北共同連絡事務所

 ところで今回爆破された南北共同連絡事務所とは一体どのような施設だったのか。

 事務所設立は、2018年4月27日の金正恩委員長と文在寅大統領の初会談で合意された「板門店宣言」から始まった。

 板門店宣言の中で、「南北が当局間協議を緊密にし、民間交流と協力を円満に保障するため、双方の当局者が常駐する南北共同連絡事務所を開城地域に設置する」としており、同事務所は南北交、協力の象徴となった。

 会談後、設立計画は迅速に進められ、過去に南北交流協力協議事務所だった建物(4階建て)を改修して事務所が開設された。

 韓国メディア『中央日報』(6月16日付)によると、2018年から2020年5月までの3年間で、「建設費と運営費などとして総額168億8300万ウォン(日本円で約14億9000万円)が投入された」(韓国側が建設費を全額負担)とのことである。

 南北共同連絡事務所の2階には韓国側職員、4階には北朝鮮側職員が常駐することで、常に対面での意思疎通が可能となったことは非常に大きな成果である。

 実務者会議などが南北共同連絡事務所で行われることが多くなり、まさしく南北交流の拠点としての役割を果たすことになった。

 2019年2月にベトナム・ハノイで行われた米朝首脳会談が物別れに終わって以降、毎週金曜日に開催される南北の所長会議が途絶えるといった不穏動向も伝えられたが、それでも事務所の運営は続いていた。

 また、今年1月には新型コロナウイルス感染拡大の影響で韓国側の職員全員が韓国に戻っているが、その後も直通電話での連絡が継続されていた。
 

南北共同連絡事務所破壊が韓国に与える深刻なメッセージ

南北共同連絡事務所破壊が韓国に与える深刻なメッセージ

南北交流の象徴であった「南北共同連絡事務所」が爆破(提供「コリアメディア」)

南北共同連絡事務所破壊が韓国に与える深刻なメッセージ

 南北交流の重要拠点であった南北共同連絡事務所の爆破したことは、韓国政府にとって深刻なメッセージとなった。

 北朝鮮側は昨年から、韓国が米韓合同軍事演習を実施することや、米国の対北方針に配慮して南北事業を進めようとしない姿勢を「板門店宣言の精神に背く」として非難を重ねてきたが、今回の事務所爆破はそれら非難声明とは一線を画している。

 南北共同連絡事務所は、いわば文在寅大統領が進めてきた半島政策の1つの成果であり、それを破壊することは文在寅政権にとって大きなダメージとなることを北朝鮮側もよく理解しているはずだからだ。

 北朝鮮としても南北対話を閉じることにはデメリットもあるはずだが、それでもなお今回、決行に踏み切った背景には、「現状の南北関係ではだめだ」という強い危機意識があったのではないだろうか。

 北朝鮮側からすれば、「南北間の合意ではビラ散布を含むすべての敵対行為を禁止している」(6月17日付『労働新聞』)と主張しているとおり、板門店宣言などの合意事項を守っていないのは韓国なのである。

 6月11日発表の金与正談話では「役に立たない北南共同連絡事務所」と言及しているが、これも「板門店宣言の合意事項が守られないなら連絡事務所なんかあっても意味がない」というメッセージとも考えられる。

北朝鮮による最終警告か?それとも?

 ただし、北朝鮮が今回の爆破などを通じ、韓国に対して「行動を変えよ」という最終警告を与えているのか、それとも「もはや韓国に期待できることはない」と韓国に本当に見切りをつけたのかは不明である。

 ちなみに、6月4日の金与正談話では、「(金大中政権時、南北融和の太陽政策の一環として設置された)開城工業地区の完全撤去」や「軍事合意破棄」(軍事攻撃とイコールではない)についても言及しており、韓国側の対応次第ではこれらも早期に実行する可能性がある。

 一方で韓国側は、今回の事務所爆破を受け、金有根(国家安保室第1次長)が「南北関係の発展と朝鮮半島の平和定着を望む人々の期待を裏切る行為だ」と北朝鮮を強く批判し、状況次第では「強力に対応する」と警告。一転して厳しい姿勢を見せている。

 南北が再び対立の関係に戻るのかどうかは現時点で予測できないが、南北双方の出方次第でどちらにでも転ぶ大事な局面にあると言える。

八島 有佑

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