娘によってマンションから追い出された母親

娘によってマンションから追い出された母親

ソウル市内のマンション風景(著者撮影)

 韓国で、80代の母親が実の娘から部屋を追い出され、マンションの廊下に布団もなしで暮らしていることがテレビ・新聞で報道され、大きな話題になっている。

 50代の娘は、兄・姉との財産分与の不満から、母親がゴミ出しでマンションの部屋を出た隙にドアの暗証番号を変更し、母親が部屋に入れないようにしたのだという。

 母親は、亡き夫とともにソウル東大門市場では名の知れた靴工場の経営者で、夫の死後、3人の子供のうち息子と長女には、数十億ウォンの建物1棟づつを与え、末娘には家賃600万ウォン(約60万円)を受け取ることができる受験生用賃貸ホテルの権利を譲った。

 さらに、母親はそれまで1人で暮らしていたマンションを処分して、2年前から末娘と一緒に暮らし始めた。

 その際、母親は娘のマンションの保証金(チョンセと呼ぶ一括払いの預かり金)を積んでマンションの賃貸契約を結んだ。

 その後、残りの財産を長男に譲ろうとしたところ、末娘が反発し、「兄は金持ちなのになぜ兄だけに財産を与えるのか?」と、兄妹間の争いになったようだ。

親の介護を放棄しても恥じない子供世代

 末娘は、マンションの2年の契約期間を終えるとその保証金を手にして、自分だけ引っ越した、というのが事の顛末(てんまつ)である。

 この2年間、末娘は母親と一緒に食事をするわけでもなく、一切の面倒をみることはなかった。

 また、兄や姉も母親のことを気にかけて訪ねてくることもなく、何の援助もなかったという。

 韓国の刑法第271条では、老人や子供など保護すべき法律上の義務がある者が、直系の尊属を遺棄した場合は「尊属遺棄」に該当するとし、10年以下の懲役、または1500万ウォン(約150万円)以下の罰金に処されると規定している。

 今回は、遺産相続と財産分与を巡る家族内のトラブルから発展した介護放棄、尊属遺棄に当たるケースで、こうした家庭内トラブルは急増しているらしい。

 最高裁にあたる大法院が6月に発表した司法年鑑によると、両親の死亡後、遺産の分配を巡って家族間の衝突が発生し、相続財産分割審判請求が提起された件数は、2020年には2095件に上り、この5年間で2倍近く増加している。

 中でも、今回のケースと同じく、長男への相続に対して娘たちが不満を感じて訴訟を起すケースが多いという。

相続税を払うより生前分与のほうが有利?

相続税を払うより生前分与のほうが有利?

韓国経済人連合会の会館ビル(著者撮影)

 今回のケースは、遺産相続とは別に、親が生前に子どもに財産を分与する「生前贈与」という形の中で起きたトラブルだった。

 相続税を払うよりましだとして、親が生前に財産を分与するケースは増えている。親が子のマンションのローンを肩代わりしたり、親が子供に銀行のクレジットカードを渡し、生活費の面倒をみたりするケースもあるという。

 相続税と言っても、不動産など課税対象となる資産の合計から5億ウォン(約5000万円)は基礎控除されるので、それ以上の額の資産を所有し、それを相続した人が対象ということになる(ちなみに、日本の場合の基礎控除額は3000万円プラス法定相続人1人につき600万円)。

 したがって、すべての人が相続税の問題を抱えているわけではない。

 しかし、韓国経済人連合会は、韓国の相続税の最高税率は60%で、経済協力開発機構(OECD)加盟38か国のうち最も高いとし、これが企業の経営意欲を削ぎ、経営活力や競争力低下の要因になっているとして改善を求めている。

 とりわけ、中小企業など親の家業を子が引き継いだ場合には、相続税を減免する家業相続控除制度の対象拡大を求めている。

 そもそもOECD加盟38か国のうち20か国は直系の子や孫には相続税を課していない。

少子化がもたらした伝統的な家族像の崩壊

 しかし、娘が自分の母親をマンションから追い出したという今回のケースは、ただ単に相続税や生前贈与だけの問題ではないようだ。

 韓国の住民登録人口は、2020年、21年と2年連続減少し、すでに人口縮小社会に転じている。

 2021年末の住民登録人口は5164万人で前年より0.37%(19万人)減少した。その一方で、住民登録世帯数は2347万世帯で、前年より1.6%増加したという。

 人口が減少に転じた一方で、住民登録世帯数が過去10年間、増加が続いている背景には、1人世帯や2人世帯が増えたためで、1人世帯は去年946万あまりに達し、初めて40%を超えた。

出生率はついに0.81で過去最低を更新

出生率はついに0.81で過去最低を更新

汝矣島IFCモール前の道路(著者撮影)

 さらに、韓国統計庁の24日の発表によると、2021年の合計特殊出生率(1人の女性が生涯に産む子供の数)は0.81で、前年から0.03低下し、過去最低を更新した。

 結婚や出産に何のメリットも感じないという若者の多くは、出生率の低下や少子化で将来、国の存続が危うくなっても自分には関係ないと考えているという。

 これでは、伝統的な「親に孝」という儒教的家族像が維持できなくなっているのは当然で、少子化、親の孤立化の次にはどういう社会が待っているのだろうか。

小須田 秀幸(こすだ ひでゆき)
NHK香港支局長として1989~91年、1999~2003年駐在。訳書に許家屯『香港回収工作 上』、『香港回収工作 下』、パーシー・クラドック『中国との格闘―あるイギリス外交官の回想』(いずれも筑摩書房)。2019年から現在までKBSワールドラジオ日本語放送で日本向けニュースの校閲を担当。「ノッポさんの歴史ぶらり旅」をKBS日本語放送のウェブサイトとYouTubeで発表している。

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