金正恩氏殺害事件で事実上閉鎖されたマレーシア大使館

金正恩氏殺害事件で事実上閉鎖されたマレーシア大使館

1910年竣工の駅舎が現役で活躍するクアラルンプール駅

訪朝者2千人の友好国マレーシア 実は予想外だった断交?(1/2)の続き。

 2016年、シンガポールは国連制裁決議を受けて北朝鮮との相互ビザなし渡航を停止。それによってマレーシアは、再び世界で唯一の北朝鮮との相互ビザなし渡航国となった。

 ところが、2017年2月の金正男氏殺害事件で両国関係は悪化。クアラルンプールの北朝鮮大使館の姜哲(カン・チョル)大使に対して、ペルソナ・ノン・グラータ(好ましからざる人物)として退去を通告。北朝鮮は、報復としてマレーシアに対し、ペルソナ・ノン・グラータとして北朝鮮からのマレーシア大使の退去を求めた。

 マレーシアと北朝鮮の両国は、双方の国に滞在するマレーシア人、北朝鮮人の出国を禁止したため、帰国ができなくなった。

 マレーシア政府は 出国禁止が解除されると、17年3月30日、平壌の外交官とその家族9人も帰国させた。そのため、マレーシア大使館は不在となった。それ以降、今年3月に断交するまでマレーシア大使館は事実上、閉鎖されたままだった

友好関係へ押し上げたマハティール元首相

 金正男氏殺害事件直後は、連日のように報道されていたが、その後、世界の関心が薄れたこともあり、クアラルンプールの北朝鮮大使館が閉鎖したのか、存続しているのかの続報が伝えられることはなかった。

 しかし、北朝鮮は、姜哲大使帰国後に、金宇宋(キム・ユソン)臨時大使を置き、北朝鮮大使館も機能していたことが、今回の断交騒動で明らかになった。当然、マレーシア政府は臨時大使就任や北朝鮮大使館存続も容認していたということだ。

 マレーシアは、北朝鮮の友好国と広く認識されていたが、良好な関係となったのは、1990年代半ば以降と最近のことだった。

 特に2003年、平壌にマレーシア大使館設置を決定したのは、マハティール政権の最終年だったこともあり、マハティール氏が北朝鮮との関係を1段階上へ押し上げた立役者だった。

 それも影響してか、2018年5月、首相に返り咲いたマハティール前首相は、金正男氏殺害事件で閉鎖状態だった北朝鮮のマレーシア大使館を再開させて外交も正常化させる方針を示していた。
   
 実はマレーシアと北朝鮮は、武器関連品の貿易を行っていたとされる。その利害も関係しての政治決断での関係改善との指摘もある。

もはや北朝鮮にメリットなし?

 マレーシアは、1500人から2000人の北朝鮮への観光渡航の他、クアラルンプールと平壌を結ぶ高麗航空の定期便やチャーター便を運行したり、北朝鮮レストラン、主に工事現場などでの北朝鮮労働者の受け入れなど、両国の関係は、インドネシアやカンボジア、ベトナムなど伝統的な友好国と比べても引けを取らないどころか、それ以上の関係だった。

 今回、マレーシアがあっさりと北朝鮮と断交を決めたということは、マレーシアにとって、もはや北朝鮮はメリットなしと判断したのかもしれない。

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