2隻存在する万景峰号

2隻存在する万景峰号

万景峰号(1986年・大阪湾) 出典 Olegushka [Public domain], via Wikimedia Commons

 万景峰号とは、かつて、北朝鮮の元山港と新潟の間に就航していた北朝鮮の貨客船である。2000年代の中頃まではこの名が、やたらとテレビや新聞をにぎわせていた。しかし、北朝鮮への経済制裁が行われるようになると、万景峰号の新潟入港も禁止された。最近では、まったくマスコミに登場することはなくなったが…、近況を知りたい。と、探ってみる。

 すると、2017年4月の日本経済新聞に、北朝鮮の羅先特別市とロシアのウラジオストク間に新設される定期航路に就役するという記事を見つけた。が、この翌年にはロシアのタス通信が、万景峰号から制裁違反の貨物が発見されて、ウラジオストクへの入港を拒否したことを伝えている。ウラジオストク沖で進退窮まった万景峰号は燃料不足のため救難信号を発信し、ロシアから燃料や食料の支援を受けたという。

 記事には万景峰号の写真も載っていたが、ここで「おや?」と違和感を覚えた。新潟港に寄港していた万景峰号よりもずっと小さくて古臭い。明らかに別の船だ。しかし、調べてみると、この船もまた万景峰号なのである。

 実は、万景峰号と呼ばれる船は2隻が存在していた。

本当の船名は「万景峰92」だった

 90年代から2000年代にかけて日本のニュースでよく目にした万景峰号だが、こちらの正式名称は「万景峰92」という。

 万景峰92は、当時の最高指導者・金日成(キム・イルソン)主席の80歳の誕生日を記念して1992年に完竣工したもの。9672トンの船体は日本ではよくある大型フェリーのサイズだが、北朝鮮では最大の客船だ。就航後は在日朝鮮人の親族訪問や朝鮮学校の修学旅行などに利用された。ピースボートがチャーターして運行したこともあり、不正輸出事件にかかわるなど、経済制裁で入港禁止となる以前にも多くの話題を提供した。

 しかし、日本のテレビや新聞がこの船の話題を取り上げる時、その大半が正式な船名である万景峰92ではなく「万景峰号」としていた。我々もそれがすっかり刷り込まれている。

 だが、北朝鮮には万景峰号と名付けられた船が、すでに存在していたのだからややこしい。この船は、1971年に建造された3317トン、載貨重量1500トンの貨客船。70~80年代の在日朝鮮人帰還事業にも使われ、万景峰92と同様に日本のマスコミへの露出度も高かった。

 90年代になって万景峰92が、万景峰号と交代して日本への航路に就航するようになるが、日本のマスコミはこの新造船もそのまま万景峰号の名で呼び続ける。深く考えることなく惰性でそうなったのか、あるいは、何か意図があってのことか。それはわからないのだが。

2隻の万景峰号は今でも現役で使われている

2隻の万景峰号は今でも現役で使われている

万景峰92(2010年・元山) 出典 Bumix [Public domain], via Wikimedia Commons

 日本航路から退役した万景峰号も日本人がその存在を忘れていただけで、廃船にされことなく現役で使われ続けていた。ウラジオストクへの入港を禁じられて窮地に陥ったが、その後は北朝鮮に帰還できたようである。すでに建造されてから40年を過ぎているが、それより古い木造船が現役で使っているお国柄なだけに、今後も第一線で活躍するだろう。

 また、万景峰92のほうであるが、こちらも北朝鮮国内の観光クルーズに使われたり、2018年の平昌五輪の際には友好使節団を乗せて韓国を訪れている。現在も北朝鮮随一の豪華客船として活躍し続けている。

 余談ではあるが、万景峰とは首都・平壌の郊外にある山。万景峰の大同江近くの丘陵は万景台と呼ぶ景勝地になっている。金日成主席はここで生まれたとされ、生家も残っている。革命聖地の1つであり、北朝鮮を訪れた外国人観光客は必ずここに案内されるのだとか。

青山 誠(あおやま まこと)
日本や近隣アジアの近代・現代史が得意分野。著書に『浪花千栄子』(角川文庫)、『太平洋戦争の収支決算報告』(彩図社)、『江戸三〇〇藩城下町をゆく』(双葉社新書)などがある。

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