米朝首脳会談以降の日本の対北動向。日朝首脳会談実現へ期待と注目

米朝首脳会談以降の日本の対北動向。日朝首脳会談実現へ期待と注目

 米朝首脳会談により米朝間で歩み寄りが始まる中、日本の対北朝鮮方針にも転換が迫られている。

 米朝首脳会談後にトランプ大統領から電話報告を受けた安倍首相は、「(拉致問題に関する)私の考えについては、トランプ大統領から金正恩委員長に明確に伝えていただいた。トランプ大統領の強力な支援をいただきながら、日本が北朝鮮と直接向き合い、解決していかなければいけないと決意している」との見解を述べた。

 また、安倍首相は6月18日の参議院決算委員会の中でも、「金正恩委員長には米朝首脳会談を実現した指導力があるのは事実。日朝においても新たなスタートを切り、拉致問題について相互不信という殻を破って、一歩踏み出したい」と決意を述べるとともに、「日朝首脳会談を行う以上は、北朝鮮の核・ミサイル、そしてもっとも重要な拉致問題の解決に資するものにしなければならない」と強調している。

 今まで北朝鮮に対して「圧力」政策を続けてきた安倍首相が米朝首脳会談以降、日朝交渉を活発化し、日朝首脳会談の開催も視野に入れている旨の発言をしていることで、日朝首脳会談の開催時期などについて注目が集まっている。

これまでの日朝交渉の歴史。「ストックホルム合意」はどうなった?

 日朝の国交正常交渉の歴史は、1990年9月に北朝鮮を訪問した自民・社会両党代表団と北朝鮮労働党との間で「日朝3党共同宣言」が調印され、国交正常化に向けて交渉を行う旨の合意がなされたことがスタートとなる。調印後、3回の予備交渉を重ね、1991年1月に国交正常化のための本交渉が開始されたものの、目立った成果もなく1992年11月に交渉が打ち切られている。

 その後、2000年4月に国交正常化交渉がようやく再開され、2002年9月17日に小泉首相(当時)と金正日総書記による歴史的な日朝首脳会談が平壌で開かれ、日朝平壌宣言への署名が実現するにいたった。

 だが、会談上で、金正日総書記が拉致問題を正式に認めたことで、これまで「疑惑」であった拉致事件が事実だと判明し、日本社会は大変なショックを受け、日朝交渉に新たな障壁が生まれることになった。

 それ以降、2004年5月22日に小泉首相が2回目の日朝首脳会談を行い、拉致被害者家族の帰還を実現させ、2008年6月11、12日に北京で行われた日朝公式協議では、北朝鮮側が従来の「拉致問題は解決済み」との姿勢を翻し、問題解決に向けて再調査の実施を表明するなどの動きはあったものの拉致問題がネックとなって日朝交渉が大きく進展することはなかった。

 膠着状態にあった日朝関係に大きな動きが生まれたのは2014年5月29日に合意された「ストックホルム合意」である。

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