北朝鮮の金正恩委員長に定期的に浮上する重病説

北朝鮮の金正恩委員長に定期的に浮上する重病説

 最近になり金正恩委員長の「重病説」に注目が集まっている。

 『中央日報』日本語版(2月11日付)が重病説を唱える安燦一(世界北朝鮮研究センター理事長)の言葉を紹介したのである。報道によると、安燦一理事長は自身のユーチューブチャンネルの中で、「昨年10月に金正恩が白頭山を訪問した際、随行した幹部に『私の後継者は金与正同志』と話した」、「金正恩の健康がよくないため、1月にフランスの医療関係者が極秘で平壌(ピョンヤン)を訪問して金正恩を治療した」と伝えたとのことである。

 この情報の真偽は判断しがたいものであるが、世間ではこの情報をもとにして「金正恩が余命わずかであるから金与正を後継指名した」と飛躍した話まで出ている(金正恩委員長は2月中に党政治局拡大会議への出席など活動が報じられており、少なくとも余命わずかといった重篤な病気であるとは考えにくい)。

 注目したいのは、過去にもこのような噂が定期的に出ていることである。

 北朝鮮という国の性質上、真相が容易に検証できない上に、後に誤りであったと発覚しても訂正されないことが多いことから噂が事実であったかのように人々の記憶に定着してしまう傾向にある。

 では、これまでに金正恩委員長に関してどのような噂が流行したのか振り返ってみたい。

金正恩委員長の動静が途絶えた2014年。死亡説まで流れる

 2014年9月3日から長期間にわたって金正恩委員長の動静報道が確認できなかったことがあり、このときも世界の北朝鮮専門家たちによって重病説や権力闘争による「失脚説」などが唱えられた。

 世間が注目する中、金正恩委員長は重要会議である最高人民会議第13期第2回会議(9月25日)にも出席しなかった。さらに、同日夜には「朝鮮中央放送」が、「不自由な体なのに人民のための指導の道を炎のように歩み続ける我が元帥」と伝え、足を引きずって現地指導する金正恩委員長の姿を流したのである。

 北朝鮮メディアが金正恩委員長の不調を伝えるのは極めて異例であったことから、「負傷説」や病気による「歩行困難説」、さらには「死亡説」が強く主張されるようになった。

 その中、北朝鮮メディアは、同年10月14日になってようやく、金正恩委員長が杖をついて国家科学院自然エネルギー研究所を視察する姿を報道した。

 約40日ぶりの動静報道であったことからその姿に注目が集まり、結果的に負傷説はともかく、失脚説などは全くの誤りであることが判明した。

 後から振り返ってみると失脚説の根拠がいかに薄弱であったかに気づかされるのだが、このように「金正恩委員長の動静が長期間確認できない」という事実だけで様々な憶測を呼ぶのである。

真偽不明な説が浸透しやすい北朝鮮。金正恩委員長の影武者説

 これ以降も金正恩委員長について、糖尿病や通風などによる重病説などが繰り返し提唱されてきたが、時には金正恩委員長の「影武者説」が話題を呼んだこともある。

 これは、2017年2月の金正男暗殺事件(金正恩委員長の兄がマレーシアで殺害された事件)をきっかけに、「すでに金正恩委員長は暗殺されており、今メディアに出ているのは金正恩委員長の影武者である」という噂が広がったのだ。

 しかも、日本政府がこの情報をつかんでいるという話まで流れたことで拍車がかかった(もちろん日本政府が公式に声明を出したことはない)。

 この影武者説は一種のトンデモ説であるのだが、「北朝鮮という国ならありえる」として人々に浸透しやすかったのだろう。

 そもそも金正恩委員長が影武者であるなら妹の金与正氏を重用しないと考えられるが、影武者説に立つと「金与正も影武者」などといった可能性まで出てくるわけである。その後、影武者説は米朝交渉が進展する中で下火となった。

金日成主席や金正日総書記にも存在した死亡説

 実は、金正恩委員長の父である金正日総書記についても重病説や死亡説、影武者説が繰り返し主張されてきた。日本では、北朝鮮研究者であり『金正日の正体』の著者である重村智計氏が2008年に声紋比較などの分析結果をもとに「金正日総書記はすでに亡くなっており、公に出ているのは影武者である」と指摘したことで注目が集まった(公式には金正日総書記は2011年に亡くなったと発表されている)。

 また、金日成主席も同様の噂が多く、死亡説とは少々性質が異なるが、有名なものに1986年の「金日成死亡騒動」がある。これは、韓国メディア各社が韓国当局の発表にもとづいて「金日成主席が銃撃で死亡」と大々的に報じたところ、すぐに金日成主席の動静が確認されたため誤報であることが発覚したという騒動である。

 韓国政府や韓国メディアが「死亡した」と発表した人間が生き返った事例は他にもあるが、これはその中でも最たる事例だろう。

 余談であるが、ある北朝鮮研究者は、「韓国の北朝鮮情報はフェイクが多いため疑ってかかる」と話している。

独裁体制に重病説や影武者説はつきもの?

 北朝鮮の3代政権に限らず、いわゆる独裁体制ではその指導者次第で国家の方向性が大きく変わることから指導者の動静に注目が集まることが常である。重病説はその一端と言える。

 また、有名なところでは、ソ連指導者であったスターリンや、イラク大統領であったフセインにも影武者説が存在している。真偽はともかく、彼らは国内外に敵が多かったために人々の間で「影武者がいてもおかしくない」と受け入れやすいのだろう。

 だが、このような噂は真偽が検証できない場合が多い上に、単なる噂がいつの間にか事実であったかのように扱われる傾向にあることには留意が必要だ。

 金正恩委員長についても同様であり、北朝鮮という国の特異性からこのような噂を呼びやすい上に、誰も真偽が分からないので適当な情報であってもまかり通ってしまう危険性がある。

 中には、前述の韓国情報を始めとして、「北朝鮮の政権が不安定である」と宣伝するためのフェイクニュースも多く存在するため注意が必要だ。

 北朝鮮情勢を分析する際には、本当に有用な情報を見落とさないよう、情報を取捨選別する能力が求められる。
 

八島 有佑

記事に関連のあるキーワード

おすすめの記事

こんな記事も読まれています

コメント・感想

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA