「辛奇」をキムチの新しい中国語表記と定めたワケ

「辛奇」をキムチの新しい中国語表記と定めたワケ

中国ウェイボー上では「辛奇」へ反発するコメントも見られる

 韓国の伝統的食文化として世界的に知られているキムチだが、最近は中国でも「キムチ起源説」を唱える動きがあり、双方で議論が盛り上がっている。その争いに政府機関まで加担するようになって、対立は深まるばかりなのだとか。

 今年7月、韓国文化スポーツ観光省が「韓国料理の適切な外国表記に関する指針」を改定すると発表している。

 これによって、キムチの正式な中国語表記が「辛奇」と規定されることになった。音読すると“シンチ”となり、キムチにかなり語感は近い。中国語の漢字にはキムチの発音を表するものがなく、担当者は何千文字もの漢字の中からそれにもっとも似た組み合わせを探し出したという。努力の結晶というか苦肉の策というか…。

 中国では漬物の総称として「泡菜(パオツァイ)」という言葉が用いられ、キムチも「朝鮮泡菜」などと呼ばれている。韓国でもこのことがよく知られ、これまではキムチを中国語翻訳する時には泡菜と記されていた。しかし、今回の外国語表記規定の変更によって泡菜は使わないという方針が決定する。韓国食文化の象徴であるキムチが、中国の漬物の1つのように扱われるのは耐えられない。言葉の上でも、これを明確に区分しようという措置なのだろう。

中国四川省にはキムチそっくりの漬物が存在する

 中韓でキムチ論争が起こった発端は、昨年11月に中国四川省眉山市で泡菜が国際標準化機構(ISO)の認証を受けたことに始まる。辛い料理が多い四川省では、漬物にも唐辛子を大量に入れた韓国のキムチとよく似た漬物があるという。また、多くの中国の地域ではキムチも泡菜の一種とみなしている

 それだけに「キムチの発祥は中国」と言われても違和感を抱く中国人は少ない。「中国キムチが国際基準になった」と受け取る者たちも多く、中国のメディアでも「キムチ宗主国の恥辱」などと煽るような記事が掲載されたという。これを受けて韓国でも「中国がキムチ文化を盗もうとしている」と、ネットユーザーたちを中心に怒り心頭。両国で議論が盛り上がった。

 さらに、今年1月には中国の人気ユーチューバーが「中国伝統料理」として白菜キムチを紹介したりするものだから火に油、騒ぎはさらに大きくなってしまった。英BBCや米CNNでも紹介され、騒動が世界にも広く知れ渡る。

日本にもキムチ起源を唱える権利がある?

 さて、実際のところキムチの起源は韓国なのか中国なのか。  

 韓国語の「キムチ」は100種類以上にもなる漬物の象徴であり、その代表格が白菜を唐辛子で漬けた我々のよく知るキムチなのだ。

 つまり、中国も韓国も、漬物の起源を争っているということにならないか。とすれば…、海水から取った塩を使って、野菜や肉類を漬け込み保存する方法が、太古の時代からすでに世界各地にある。漬物の起源をそこまでさかのぼると、もはや発祥地を探すのは無意味な作業と思えてくる。

 日本でも縄文時代からすでにワラビなどの山菜を塩漬けして保存していた。ヤマトタケルの東征でも漬物が献上されたとされている。

 また、キムチと同様に発酵を伴う漬物は、日本各地に古くから存在し、キムチには不可欠の唐辛子も16世紀に日本から朝鮮半島に伝わったものだ。それ以前のキムチは塩漬けだったが、塩の値段が高騰してその代用に唐辛子を使うようになったのである。

 つまり、キムチは近世になって完成したものなのだ。唐辛子を使ったのは韓国より日本のほうが早い。これは、キムチ日本起源説を唱えることもできそうだが…、面倒なことになりそうだから、止めておいたほうがいいだろう。
 

キムチは100種類以上ある漬物の総称

青山 誠(あおやま まこと)
日本や近隣アジアの近代・現代史が得意分野。著書に『浪花千栄子』(角川文庫)、『太平洋戦争の収支決算報告』(彩図社)、『江戸三〇〇藩城下町をゆく』(双葉社新書)、近著『日韓併合の収支決算報告~〝投資と回収〟から見た「植民地・朝鮮」~』(彩図社、2021年)。

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