「尹美香防止法」を公約に掲げた尹錫悦大統領

「尹美香防止法」を公約に掲げた尹錫悦大統領

水曜集会で笑顔を見せる尹美香元代表(最前列右から2人目)出典 正義連公式フェイスブックページ

 韓国に新大統領が誕生し、過去最悪と言われる日韓関係の改善への期待が高まっている。しかし、実際には、そう簡単に進みそうにない。

 日韓間の最大の懸案の1つである慰安婦問題には進展の兆しが見えない。

 その原因の1つに今や慰安婦問題の新たな「権力」と化した元慰安婦の李容洙(イ・ヨンス)の存在がある。

 尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は選挙期間中、「市民団体の不法利益を全額回収する」という、いわゆる「尹美香(ユン・ミヒャン)防止法」の制定を公約した。

 尹美香は韓国最大の元慰安婦支援団体、「日本軍性奴隷制問題解決のための正義記憶連帯」(正義連、旧挺対協)の前代表。

 正義連は2015年の慰安婦問題日韓合意に反発し、文在寅(ムン・ジェイン)政権に圧力をかけて合意を事実上撤回させたと言われる。

 尹美香は、支援団体での活動を背景に2020年の国会議員選挙で比例代表として当選。その後、不動産関連の不祥事で共に民主党を除名され、現在は無所属の国会議員である。
 
 さらに尹は、正義連・挺対協の代表だった時、政府から受け取った支援金や国民から集めた寄付金を横領した疑いで告発され、現在公判中である。

女性家族省廃止公約も立ち消え?

 また、尹大統領は選挙戦で、「ジェンダー逆差別」が指摘されていた女性家族省の廃止も公約していた。これが20、30代の男性から支持を受け、大統領選での勝因の1つにもなった。

 女性家族省は、元慰安婦支援団体への支援金額を決める際、審議委員会のメンバーとして尹美香をはじめとする正義連(挺対協)関係者を入れていた。

 驚くことに支援団体は、自分で自分がもらう支援金の額を決めていたことが明らかになり、女性家族省と支援団体の癒着が問題視されていた。

 ところが、5月3日に政権引き継ぎ委員会によって発表された「国政課題110項目」の中には、上記2つの公約は含まれていなかったのである。

 大統領に当選してから就任までの間に何が起こったのだろうか。

正義連が崩れますます強固な聖域化した李容洙

正義連が崩れますます強固な聖域化した李容洙

今では唯一の聖域状態となっている李容洙氏(中央) 出典 正義連公式フェイスブックページ

 実は、正義連は2年前から国民やメディアによる厳しい批判にさらされてきた。

 そのきっかけとなったのが、2020年5月に元慰安婦の李容洙が行った記者会見である。

 李容洙は、「正義連は多額の支援金や寄付金を受け取っていたのに、元慰安婦のためには、ほとんど使っていない」と告発した。その後、正義連と尹美香に関し、不正会計、横領など、様々な疑惑が噴出した。

 これまで、大手メディアを含め、誰も批判できなかった慰安婦支援団体の「聖域」が音を立てて崩れたのである。

 しかし、もう1つの聖域は崩れなかったばかりか、いよいよ強固になった。

 それは、支援団体を告発した当の李容洙である。

“被害証言”の矛盾を報じない韓国大手メディア

 李容洙は元慰安婦の中で最も精力的な活動家だった。

 李は1992年に名乗り出た後、日本の市民団体が主催した「女性国際戦犯法廷」(2000年)米国下院議院(2007年)で証言するなど、正義連(挺対協)と行動をともにしながら、日本政府糾弾の先頭に立ってきた。

 記憶に新しいところでは、2017年に米国のトランプ大統領が訪韓時、文大統領から晩さん会に招かれ、トランプ大統領と抱き合うパフォーマンスを見せたこともある。

 その李容洙が2020年5月、「正義連は元慰安婦を利用して金儲けをしている」と激しく批判したのだ。

 一方、李容洙は過去30年間に各地で様々な“被害証言”をしてきた。

 ところが、それらの証言は、年齢や期間、慰安婦になった経緯など重要な部分について食い違いが見られる。

 1993年の証言では、「1944年の秋、16歳の時に就職詐欺にあって慰安婦になった」と言っていたのに、その後、「14歳から3年間慰安婦生活を強いられた」とか、「銃剣を突きつけられて連れて行かれた」「自宅で寝ていたところを日本軍によって連行された」というように変わっているのだ。

 このことは早くから日本の研究者によって指摘されていた。しかし、韓国で報じたのは、一部のネットメディアだけで、大手メディアが報じることはなかった。

 なぜなら、李容洙が支援団体と並ぶ聖域だったからである。

李容洙を説得できるかが前進のカギ

 李容洙は、支援団体への批判が高まった後も意気軒高で、90歳を越えた今も、様々な政治活動を続けている。

 文在寅政権に、「慰安婦問題を国際司法裁判所や国連の拷問禁止委員会(CAT)に持ち込むこと」を要求したこともあるし、大統領選挙期間中も与野党の候補者に直談判し、「慰安婦問題で日本政府に謝罪させろ」とか「女性家族省を廃止するな」と主張した。

 尹錫悦氏の当選後には、「訪日政策協議代表団に自分を同行させろ」などという無茶な要求までしている。

 尹大統領が慰安婦問題関連の公約のトーンを下げたのは、もちろん「与小野大」の国会状況によるところが大きいが、元慰安婦李容洙の存在も無視できない。

 現実的な問題として、尹大統領が、日本との間で慰安婦問題の解決に向けた協議を前進させるためには、慰安婦問題における新たな権力と化した「李容洙をいかに抑え、説得できるか」にかかっていると言えるかもしれない。

犬鍋 浩(いぬなべ ひろし)
1961年東京生まれ。1996年~2007年、韓国ソウルに居住。帰国後も市井のコリアンウォッチャーとして自身のブログで発信を続けている。
犬鍋のヨロマル漫談

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