日本人女性2人を含む156人が犠牲に

日本人女性2人を含む156人が犠牲に

大惨事が起こった梨泰院

 ハロウィーンを2日後に控えた10月29日夜、梨泰院(イテウォン)ハミルトンホテル脇の路地は修羅場と化した。

 大勢の若者たちが幅5メートルほどの路地に殺到し、折り重なるように転倒する事故が発生したのである。

 この事故で外国人26人を含む156人が亡くなった。犠牲者の中には、ソウルに語学留学中の日本人女性2人も含まれていた。

 この痛ましい事故について韓国政府は、11月5日まで国家哀悼期間と定め、犠牲者への弔意を表すことした。

 また、日本、米国、中国など諸外国からも哀悼の意が伝えられている。

 事故の様子は、現場にいた若者たちのSNSを通して、瞬く間に全世界に発信された。

 この惨事は、ある意味でSNS時代が招いた悲劇とも言える。

宗教行事から仮装パーティーに変質したハロウィーン

 ハロウィーンとは、もともと古代アイルランドを起源とするケルト民族の宗教行事である。

 秋が終わる10月31日に死者の霊が家に訪ねてくると信じられ、家族は死者の霊のために供物を用意したという。

 この習慣はアイルランド系移民の多い米国に伝わり、中身をくり抜いたカボチャの中にろうそくを立て、魔女やお化けに仮装した子供たちが近所の家を訪ね歩いて、お菓子をもらうというおなじみの行事になった。

 やがてハロウィーンは、日本や韓国にも伝わったが、そこで宗教行事が「仮装パーティー」に変質する。

 ここ数年、東京の渋谷やソウルの梨泰院では、仮装した若者たちが集まって、酒を飲んだり、踊りを踊ったりと、お祭り騒ぎをするのが恒例となっていた。

若者はなぜ梨泰院に向かったか?

 では、なぜ梨泰院なのだろうか。

 ソウルで若者の街といえば、新村(シンチョン)、弘大(ホンデ)、大学路(デハンノ)がまず思い浮かぶ。梨泰院に若者が集うイメージはない。

 東京の渋谷の場合、2002年の日韓共催サッカーワールドカップ以来、ワールドカップのたびにサッカーファンたちが大勢集まっては祝杯をあげるようになった。「みんなで騒ぐなら渋谷」のイメージが定着し、「ハロウィーンも渋谷で」ということになったと思われる。

 一方、ソウルでサッカーの街頭応援のメッカと言えば、市内中心部の市庁前広場である。2002年ワールドカップでは、ここで十数万人が赤いユニフォームに身を包み「デハンミンクク(大韓民国)!」を叫んだ。だが、梨泰院では特に街頭応援で盛り上がるということもなかった。

 梨泰院がハロウィーンの聖地になったのは、米軍基地が近かったという立地が大きい。

 2018年に移転するまで、梨泰院から数キロ・メートルのところにある広大な米軍キャンプには、在韓米軍の司令部と関連施設が置かれ、軍人とその家族が居住していた。

ドラマ「梨泰院クラス」とコロナ規制緩和で人気が過熱

 梨泰院には、基地に住む米国人たちがショッピングや飲食のために日常的に訪れ、ソウル市内では珍しく異国情緒漂う街並みを形成していた。

 梨泰院のハロウィーンも、最初は韓国在住の外国人の子供たちが仮装して歩いたことから始まった。

 韓国の若者が思い思いの装束で仮装して集まるようになったのは、梨泰院で「ハロウィーンフェスティバル」が開かれるようになった2011年あたりからだ。

 2020年にはウェブ漫画とドラマで人気を博した「梨泰院クラス」でフェスティバルが紹介され、梨泰院は一躍「ハロウィーンの聖地」となった。

 さらに今年は、新型コロナウイルスによるソーシャルディスタンス規制が緩和されたことも人出に拍車をかけた。

 事件当日、梨泰院には10万人以上の若者たちが詰めかけたと言われる。

「SNS映えのする映像」を求めて梨泰院に繰り出す若者たち

 日韓で共通しているのは、2010年代以降、ハロウィーンの仮装の様子がインスタグラムやフェイスブックといったSNS、ユーチューブなどを通じて盛んにアップロードされ始めたということだ。

 若者たちは、「SNS映えのする映像」を求めて、最も人が集まり、派手な仮装を目にすることができる梨泰院に続々と詰めかけたのである。

 あまりにも多い人の波は、事故直後、駆けつけた救急隊の接近を阻むことになり、それが被害を拡大させる理由となったという。

 現場に急行した警察は拡声器で人々に帰宅を促したが、若者たちが従わず、街頭で騒ぎ続けていた。

 中には、心臓マッサージなど懸命に心肺蘇生を試みる人々を助けようともせず、犠牲者の姿や現場の混乱をスマートフォンに収めようとする心無い若者の姿も見られたという。

 今回の「梨泰院惨事」は、このような意味で「SNS時代が招いた悲劇」と言えよう。

犬鍋 浩(いぬなべ ひろし)
1961年東京生まれ。1996年~2007年、韓国ソウルに居住。帰国後も市井のコリアンウォッチャーとして自身のブログで発信を続けている。
犬鍋のヨロマル漫談

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