その上で流言が広まったことにより、日本の指導層はついに「朝鮮人は暴動を起こす恐れがある」と判断し、戒厳令を出すにいたったのである。
 

「朝鮮人」は敵だったのか?

「朝鮮人」は敵だったのか?

出典 『大阪朝日新聞』(1923年9月3日号外)[Public domain], via Wikimedia Commons

「朝鮮人」は敵だったのか?

Q 当時、朝鮮人を敵視する空気があったということでしょうか。

 戒厳令を出し軍隊を出動させたが、軍隊を出動させるというのは敵がいるからでいる。では敵が誰かと言うと朝鮮人である。

 震災より前の1913年に朝鮮人を見分けるための「朝鮮人識別法」が作成された。これは、「濁音をうまく発音できない」、「座り方に癖がある」といった特徴に注目することで朝鮮人を見分けるというものである。
 
 このような日本人と朝鮮人を見分ける朝鮮人識別法ができたこと自体、朝鮮人を敵視していたことの表れである。そして、この朝鮮人識別法は、関東大震災の際に朝鮮人か日本人かを見分けるために使われ、朝鮮人だと判断された者が虐殺された。

Q 一般民衆は朝鮮人のことをどのように認識していたのでしょうか。

 震災後、朝鮮人が虐殺されていく中で、神奈川警察署鶴見分署の署長が自警団から朝鮮人を守った。雇い主が「彼ら(朝鮮人)は悪いことをしない」とかばったという話もある。

 ただ、そのように朝鮮人を守った日本人でも、国家から植え付けられた朝鮮人蔑視意識がなかったとは言えない。彼らは、「朝鮮人は基本的に悪い奴らだが、私が知っている朝鮮人だけは違う」という意識があったと考えられる。
 
 日本人全員が悪いわけではないが、このように朝鮮を蔑視する意識が日本社会に蔓延していたというのは事実である。中には、思想家の中西伊之助(1887~1958)、秋田雨雀(1883~1962)のように日本社会の朝鮮蔑視に反対して声を上げた者もいた。ただ、そのような人はごく少数であったし、民衆にその声は届かなかった。

現在も残る「朝鮮人」呼称問題

Q 当時の朝鮮人蔑視は現在どのように変化したのでしょうか。

 多くの日本人は、在日朝鮮人を「北朝鮮のヒト」、在日韓国人を「韓国のヒト」と考えている。

 現在、嫌韓という風潮はあるものの、韓国のK-POPなどは今でも若い世代を中心に人気がある。そのため、「韓国人」という呼称は必ずしも悪い印象だけではない。
 
 一方、「朝鮮人」という呼称は、前述のとおり植民地時代からの差別用語であった。さらに、反“北朝鮮”という風潮が強まったことで、朝鮮人は“北朝鮮”に対する蔑視用語にもなった。そのため、朝鮮人は二重の意味で差別の対象となる呼称となった。

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