これを日本政府は出入国管理令を改正して対応した。内容は、「別に法律で定めるところによりその者の在留資格及び在留期間が決定されるまでの間、引き続き在留資格を有することなく本邦に在留することができる」というものである。

 この法律の名前は「ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基づく外務省関係所命令の措置に関する法律(昭和27年法律126号)」と長いので、この法律に基づく在留許可は「法126」または「126-2-6」と呼ばれ、その子どもについては「法126の子」と称される。

 臨時的な法律であるが、その後も法整備がなされないまま年月が過ぎた。
 

1991年入管特例法制定により特別永住資格が誕生

 1965年になって日韓の国交が正常化され、「日韓法的地位協定」が締結されたことで法126に変化が生じた。協定により「朝鮮半島出身者のうち1945年8月15日以前から引き続き日本に居住している韓国籍保持者」は協定発効5年以内に限り、申請すれば「協定永住」を取得することが認められたのである。

 1981年には入管法が制定され、「日韓法的地位協定で協定永住を取得しなかった者でも、申請すれば無条件に永住を許可する」と改められた。こちらは「特例永住」と呼ばれる。

 その後、大きな転機となったのは、1991年に制定された「入管特例法」である。これは同年、日韓両国の間で締結された「日韓法的地位協定に基づく協議の結果に関する覚書」(日韓覚書)を受けて制定されたものである。

 この入管特例法により、法126資格、法126の子資格、協定永住資格、特例永住資格とばらばらになっていた在留資格がようやく一本化され、「特別永住」というカテゴリーが誕生した。旧植民地出身者およびその子孫は、出身地(南北朝鮮、台湾)や世代(1世、2世など)を問わず、特別永住という在留資格に一括されたのである。

特別永住資格の「権利化」を求める声

 さて、1991年に特別永住制度ができて今日にいたるが、特別永住者らを中心に永住「資格」ではなく永住「権」を求める声があがっている。「特別永住者制度は権利ではなくあくまで資格であるため、日本政府の判断でこの資格をはく奪することが可能である」というのがその大きな理由である。

 制度として見ると、一定の条件で資格は喪失する可能性がある。たとえば、特別永住者を含む在留外国人は出国前に再入国許可を受ける必要があるところ、手続きを踏まずに出国した場合はその時点で資格が喪失するものとされている。

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