19年4月以来の施政演説を行なった金正恩総書記

19年4月以来の施政演説を行なった金正恩総書記

金正恩総書記が9月29日の最高人民会議で演説(提供 コリアメディア)

 金正恩(キム・ジョンウン)総書記は9月29日、第14期第5回最高人民会議(国会に相当)で施政演説を行なった。北朝鮮国営メディアが大々的に報じている。

 金正恩総書記は代議員ではないため、最高人民会議に出席して施政演説を行うことは極めてまれ。2019年4月の第14期第1回会議以来の演説となった。

 対米・対韓関連の発言が注目されているが、実は金正恩総書記は国内問題に重点を置いて演説している。ポイントは経済や国防における「自力更生」であり、その背景にはこう着する米朝対話がある。

国連制裁の長期化を見据えた自力更生

 国営メディアによると、金正恩総書記は演説で、「不利な環境や困難の中でも主体的力と内的原動力を増大させる」ための対策が行われていると述べたとある。

 今年1月に行われた第8回党大会以後、自力更生を強調してきた北朝鮮。現実的に考えれば、一国完結型システムはほぼ不可能だが、北朝鮮としては、仮に対米交渉が進まずに国連制裁が長引いたとしても、国家運営を行うことができる準備をしているのである。

 この点、金正恩総書記は、第8回党大会を契機に「朝鮮式社会主義建設の新たな段階」に入ったとした上で、「政治、経済、文化、国防、対外関係をはじめとする各部門で肯定的変化が起きている」と評価した。自力更生への道がうまくいっていると強調したのだ。

輸入依存脱却、人民生活安定をアピール

 たとえば、経済部門では、自立経済の根幹である金属工業と化学工業に関連し、「大規模な重要建設事業が活発に展開されている」とした上で、「経済部門の輸入依存性を減らして自立性を強化する」方向で体制が整えられていると明かした。国連制裁や防疫体制で輸入が著しく減少する中、他国に依存しない経済体制を整えようとしているのである。

 また、人民生活に直結する食糧事情については、「農作物の配置を大胆に変えて稲作と小麦、大麦の栽培に方向転換をするという構想」を提示したとある。構想の詳細は不明だが、これまでロシアからの輸入に頼ってきた小麦などの生産を強化する方針のようだ。コメだけに偏ることなく小麦など多様な穀物類の自国生産を拡大させることで、人民生活の安定につなげようとする意図が読み取れる。

 金正恩総書記は、穀物以外でも野菜や果実の生産や畜産業、生活必需品製造、水不足対策など人民生活にかかわる幅広い懸念事項について対策を講じていることを紹介した。

5か年計画に基づき国防力強化

 国防部門では、金正恩総書記は「朝鮮半島地域の不安定な軍事的状況を安定的に管理し、敵対勢力の軍事的策動を徹底的に抑え込むことのできる威力ある新しい兵器体系の開発を促進している」と明かした。

 北朝鮮は9月29日に新型極超音速ミサイル「火星8」の発射実験を行ったと発表するなど、ミサイル開発を進めている。兵器開発は第8回党大会で決定した「国防科学発展および兵器システム開発5か年計画」に基づいて行われており、同計画を踏まえると今後も開発は続くことになる。
 北朝鮮は、核やミサイル保有を脅威である外敵(米国)からの「自衛手段」と位置付けており、今回も金正恩総書記は「国家防衛力を強化するのは主権国家の最優先的権利」と正当性を強調した。

 北朝鮮の自力更生において、国防力強化は経済建設とともに欠かすことができない要素なのだ。
 

米国に譲歩しない姿勢を強調か

 演説を深読みすると、「北朝鮮は自力更生の道を進んでいるので国連制裁は無駄。今のまま米国が敵視政策を続けるのであれば、米朝対話に執着しないし、米国に譲歩もしない。自衛手段としての兵器開発も続ける」という対外向けメッセージが読み取れる。国内問題に重点を置いて語ったのも、自力更生のための政策が順調だとアピールする狙いもあったのかもしれない。

 実際のところ、北朝鮮も米国との対立は望んでいないだろう。金正恩総書記は、米中対立による「新冷戦」にも言及したが、南北対話や朝鮮半島情勢の安定化が遠のくので、新冷戦構図はもっと避けたいはずだ。

 だが、米国が態度を転換させない限りは譲歩しないという金正恩総書記の意思が固いのも確かだ。「北朝鮮は米国から譲歩を引き出すため無理をしているだけ」という見方もあるが、仮にそうだとして長年その姿勢を貫いてきたのが北朝鮮である。簡単に方針は変えないだろう。

韓国に条件付きで対話を呼びかけ

 その一方で、韓国に対しては、金正恩総書記は「米国追従をやめ態度を変えれば、対話や和解の道もある」と呼びかけた。

 なぜこのタイミングで、そのようなメッセージを送ったのかは不明である。文在寅(ムン・ジェイン)大統領の任期が残りわずかであることを考慮したか、もしくは、朝鮮戦争の終戦宣言を訴えた文在寅大統領の本気度を測った可能性もある。

 北朝鮮は2019年2月のハノイ会談以降、一貫して米国や韓国の「行動次第」という待ちの姿勢を続けており、こう着状態が続いている。北朝鮮も米国も大きく動き出さない現状において、半島情勢の行く末は、金正恩総書記の呼びかけに文在寅大統領がどのように行動するかにかかっているとも言える。

八島 有佑
@yashiima

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