86万トンの食糧不足が推計
北朝鮮の食糧事情が深刻化しているのではないか、との報道が相次いでいる。
コロナ禍で、中朝国境を閉鎖してすでに1年半以上が経過しており、一部で食糧の値上げも伝えられる。
今年は、大規模な水害はなかったようだが、それでも国連食糧農業機関(FAO)は6月、北朝鮮で10月までに約86万トンの食糧が不足するとの推計を発表した。これは2か月分以上の消費量に当たり、「不足分が賄えなかった場合、8~10月に過酷な状況に陥る可能性がある」と警告している。
そもそも金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党総書記も6月15日の労働党中央委員会で、「人民の食糧状況は今、厳しくなりつつある」と食料難に直面していることを認めている。
小麦粉・砂糖・大豆油の輸入が増加傾向
私は先頃、『金正恩が表舞台から消える日: 北朝鮮 水面下の権力闘争』(平凡社新書)を上梓した。
この中から、北朝鮮の市民たちの最新の食事情を紹介しよう。
コメが慢性的に不足し、トウモロコシで飢えをしのいでいる。北朝鮮と言えばそんなイメージを持っているかもしれない。しかし、それは20年以上前のことだ。最近では、北朝鮮の貿易統計から、意外に豊かな食生活を送っていることがわかっている。
その一端を伝えるのが韓国統一省傘下の統一研究院がまとめた「金正恩時代の食糧増産と格差の食い違い(OFF BEAT)」という論文だ。
昨年9月に公表された地味な論文にもかかわらず、注目を集めており、新聞にも内容の一部が報道され、すでに2万回以上ダウンロードされている。
それによれば価格が安くコメの代替食品だったトウモロコシは、ここ数年、輸入食品品目のトップ10に入っていない。
逆に小麦粉、砂糖、大豆油の輸入が増加傾向にある。これは菓子、パン、インスタントラーメン、麺類など2次加工食品の生産のためとみられる。北朝鮮国内にも大規模な食料工場が生まれ、加工食品を生産しており、スーパーマーケットや商店も増えている。
人々の口は確実に肥えている
また肉の供給も増えている。北朝鮮には専門的な焼肉食堂ができ始めている。かつては豚肉が中心だったが、この3~4年間には牛、羊、ヤギ、アヒル、ウサギ、犬肉も提供されている。
牛肉の缶詰をはじめ、牛乳キャンディ、ヨーグルト、豆乳などの新しい製品も出ている。日本とあまり違わないようにも見える。
もちろん、富裕層が消費しているのだろうが、人々の口は、間違いなく肥えている。それなのに、外国から食べ物が入ってこないので、とりあえずトウモロコシを食べて生きていけと言っても、反発が高まるだけだろう。
さらに国境封鎖を続ければ、飢餓が発生する危険性が高まるだけでなく、多様な食べ物を望む人びとの願いも無視することになる。金正恩総書記はいつまで、国境封鎖を続けられるだろう。
店舗のウイルス対策強化 北朝鮮・平壌の百貨店など
五味 洋治(ごみ ようじ)
1958年長野県生まれ。83年東京新聞(中日新聞東京本社)入社、政治部などを経て97年、韓国延世大学語学留学。99~2002年ソウル支局、03~06年中国総局勤務。08~09年、フルブライト交換留学生として米ジョージタウン大に客員研究員として在籍。現在、論説委員。著書に『朝鮮戦争は、なぜ終わらないか』(創元社、2017年)、『金正恩 狂気と孤独の独裁者のすべて』(文藝春秋、2018年)、『新型コロナ感染爆発と隠された中国の罪』(宝島社、2020年・高橋洋一らと共著)、近著『金正恩が表舞台から消える日: 北朝鮮 水面下の権力闘争』(平凡社、2021年)。
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