ストライキや逃亡も頻発

ストライキや逃亡も頻発

世界遺産に登録された軍艦島こと長崎県端島

佐渡金山の歴史戦で日本政府が隠したい「資料」(1)強制連行と同質の続き。

 日本語教育は行っていたが、元々は貧しい農民だった。楽な暮らしを夢見て日本に来たのに応募条件と違う環境で働かされたため、待遇改善のストライキが起き、逃亡も頻発していた。いずれも県史に書かれている。

 もう1つは、日本鉱山協会資料第78編 「半島労務者に関する調査報告」(昭和13ー17年)。国会図書館のホームページでも閲覧できる。

 全国87の鉱山における朝鮮半島出身者に関する詳細な報告で、17番目に佐渡鉱山が登場する。現地の管理担当者が書いたようだが、読むには辛い表現がいくつもある。

才能なく坑内の運搬夫に適す

 たとえば、76ページには、「半島人は如何(いか)なる作業に適するやに就(つ)きての感想」として「生来鈍重」で「技能的才能極めて低く、且つ研究心皆無」として、「力業を主とする鉱内運搬夫に適すべく、その中特に優秀なる者のみ充分指導訓練の上技能工として使用すべく努力中なり」とある。

 日本語のわからない人がほとんどだったので、意志疎通がうまく行かなかったのだろうが、重労働の現場に集中配置されていたようだ。

 佐渡・相川町(現・佐渡市)の町史「佐渡相川の歴史」(1995年発行)も朝鮮人の労働環境について触れている。

 昭和18年5月末の時点で朝鮮人1005人が働いていた。直接岩を掘削する「鑿岩(さくがん)」に朝鮮人が123人、内地人は27人、坑内での「運搬」には朝鮮人294人に対し、内地人80人と、3、4倍も多く配置されていた。逆に炭鉱の外での比較的楽な仕事は、9割内地人が行っていた(681ページ)。

 社宅や共同浴場は無料で使えたが、地下足袋など、作業に必要なものはすべて自費でまかなうよう求められ、労働争議も起きていたと記している。

 強制労働の言葉の意味は広く、佐渡の鉱山であったか、なかったかを完全に証明することは簡単ではない。

 しかし、植民地支配した地域から若者を集め、厳しい現場で働かせていたことは、否定できない事実であり、今回の登録のプラスとはなりえない。

「明治日本の産業革命遺産」でも起きた

 同じ問題は「明治日本の産業革命遺産」(2015年世界文化遺産登録)でも起き、韓国が「強制労働の現場が含まれている」と反発した。

 日本政府はユネスコ世界遺産委員会で、「意思に反して連れてこられ、厳しい環境で働かされた多くの朝鮮半島出身者等がいた」と表明し、登録実現のため「forced to work(働かされた)」との英語表現を使ったが、強制労働はなかったと主張し、その場をなんとかしのいだ。

 ただ、こういう微妙というか、狡猾な言い換えは、国際社会では、なかなか通用しないだろう。

 佐渡金山の世界文化遺産登録の可否は、来年の夏頃になる見通しだ。

五味 洋治(ごみ ようじ)
1958年長野県生まれ。83年東京新聞(中日新聞東京本社)入社、政治部などを経て97年、韓国延世大学語学留学。99~2002年ソウル支局、03~06年中国総局勤務。08~09年、フルブライト交換留学生として米ジョージタウン大に客員研究員として在籍。現在、論説委員。著書に『朝鮮戦争は、なぜ終わらないか』(創元社、2017年)、『金正恩 狂気と孤独の独裁者のすべて』(文藝春秋、2018年)、『新型コロナ感染爆発と隠された中国の罪』(宝島社、2020年・高橋洋一らと共著)など、近著『金正恩が表舞台から消える日: 北朝鮮 水面下の権力闘争』(平凡社、2021年)。
@speed011

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