体感型映画館のために制作された映画

体感型映画館のために制作された映画

光化門広場の年表が刻まれた水路で涼を取る女性(著者撮影)

 今、韓国で話題の映画「閑山:龍の出現」を見た。封切り2週間で観客460万人を集め、今年興行1位だという。

 「閑山(ハンサン)」とは、文録慶長の役で李舜臣の水軍が日本の武将・脇坂安治率いる船隊と戦い、勝利を収めたという「閑山島海戦」のこと。「龍の出現」とは「亀甲船」のことを指す。

 李舜臣はこの海戦で初めて鶴翼の陣を敷き、脇坂軍をおびき寄せて全滅させた、ということになっている。映画は当然、この船団同士の海上戦闘シーンを見せ場として作られている。

 さらに、この映画は、なんと完全に4DX=体感型映画上映システムというアトラクションシアターのために作られた興行作品だった。

 海上での合戦の間中、観客の座席は上下左右前後に激しく動き、大砲が撃たれるごとにフラッシュの閃光が走り、弾丸や弓矢がかすめれば、頭の後ろにある椅子のエアノズルから空気が噴き出し、船が快走するシーンでは冷たい風が頬にあたり、実際の水しぶきが顔にかかる。

 見終わった観客たちも、映画の中身よりも、夏のひと時の納涼タイムを楽しめたとでもいうような満足そうな顔で映画館を後にしていた。

 4DXは、韓国企業が開発した映画上映システムだという。

違和感だらけの“作り物”海戦シーン

違和感だらけの“作り物”海戦シーン

「李舜臣行録」の記述を元に1795年に描かれた亀甲船。日本の記録には一切残っていない 出典 PHGCOM [Public domain], via Wikimedia Commons

 ところで、この映画、韓国の俳優陣が日本の武将役を演じ、日本語のセリフをしゃべるのだが、最初は何を言っているのかまったく聞き取れなかった。

 日本人が聞くと発音やイントネーションに違和感があり過ぎて、いかにも“作り物”という感覚は否めなかった。

 作り物といえば、CGならどんなシーンでも演出できるとはいえ、帆船でもない手漕ぎの木造船が現代の駆逐艦のように白い航跡を残して海上を疾走するシーンやまるで桶盥(おけたらい)のような亀甲船を巧みに操船し大砲を派手にぶっ放すシーンは違和感だらけだった。

 竜骨(キール)構造を持たない平底の船が荒海に出たら、それこそ前後左右に大きく揺れて操船不能となり、大砲などぶっ放したらその反動でひっくりかえることは、素人でもわかる。

 そもそも亀甲船については、李舜臣が残した「乱中日記」の中に、その外観と戦闘力についての簡単な記述があるだけで、細部の寸法や構造について記録したものはない。

 戦いから200年後の1795年に国王(正祖)の命で収集、整理した「李忠武公全書」に「全羅左水営亀甲船」と「統制営亀甲船」という絵図が初めて登場し、それを見るとまったくたらいそのものだ(ウェブサイト「忠武公李舜臣」参照)。

歴史をデフォルメしてエンタメ化

歴史をデフォルメしてエンタメ化

朴正煕大統領が建てた漢字表記の李舜臣像。日本の太刀風の刀を持ち中国風の鎧を身にまとっている(著者撮影)

 さて、閑山島海戦とは、1592年7月、豊臣秀吉の朝鮮出兵で日本軍が釜山への上陸を開始してから2か月後、閑山島と巨済島の間の海峡で発生した海戦だが、韓国側の主張では、脇坂安治率いる船隊73隻中59隻を撃破し、3000人の日本兵が戦闘で死んだとしている。

 一方、日本側の記録では、脇坂の船隊は、そもそも兵員輸送が主で、十分な火器を装備していたわけではなく、脇坂が指揮していたのは、兵900人を含む1500人だった。

 海戦後には、200人以上が近くの島に上陸して逃れているそうだから、59隻の船が破壊され3000人が戦死したというのは明らかに誇大な数字だ。

 映画では、脇坂が功を焦り、明に一番乗りで攻め込むため、仲間を裏切って抜け駆けしようとしたとし、そのため、日本の武将たちが集まる宴会の席で、同じ賤ヶ岳の七本槍の1人である加藤清正と脇坂が刀を抜いて大喧嘩するシーンが描かれている。

 また、映画では、脇坂は李舜臣の放った矢に当たり戦死したことになっている。

 しかし、脇坂はその後も武将として活躍し、関ヶ原の戦いにも参加している(日本の記録では江戸時代初期の1626年9月26日死去)。

 映画を面白くするためなら、歴史をどんなに脚色してもデフォルメしても構わず、時代考証を気にすることもない。

  • 李舜臣像の周りに20個以上も並べられた新たなモニュメント(著者撮影)

世界4大海戦の1つだというが本当か?

世界4大海戦の1つだというが本当か?

広場リニューアルで設置された李舜臣の言葉を刻んだモニュメント(著者撮影)

 そもそも、全戦無敗だという李舜臣の海戦について、当時を記録し、準拠できる資料・文献は、李舜臣本人が残した乱中日記ぐらいしかない。勝敗の記録は、李舜臣が記した検証不能の一方的な数字しかないといわれる。

 一方、日本側には、毛利家文書や鍋島家、松浦家など出兵した全国諸大名の記録や詳しい兵力を示した「陣立て表」などが1次資料として多数残っている。

 さらに、日本軍に従軍したルイス・フロイスら宣教師が、第3者の目で記録した文書もある。どちらが信頼できるかは明らかだ。

 韓国では、この閑山島海戦のことを“世界4大海戦”の1つだと呼ぶ。

 閑山島がどこにあるかも知らない日本人にとって「えっ、本気か?」と驚かざるを得ない。

 ちなみに、ほかの3つとは、ギリシャ艦隊がペルシャ艦隊に勝った「サラミスの海戦」(紀元前480年)、英国がスペイン無敵艦隊を破った「カレー沖海戦」(1588年)、ネルソン提督の英国艦隊がナポレオンの艦隊を破った「トラファルガー海戦」(1805年)だとか。

 では、「東郷艦隊がバルチック艦隊を破った『日本海海戦』はどうした?」と言いたくなるが、「日露戦争」のことをわざわざ「露日戦争」と言い換え、日本を蔑む反日風潮が根強い国にそんなことを聞いても無駄だろう。

 仮に閑山島海戦が世界4大海戦の1つだとして、その海戦で世界はどう変わり、世界史に何を残したというのだろうか。


[한산: 용의 출현] 메인 예고편

小須田 秀幸(こすだ ひでゆき)
NHK香港支局長として1989~91年、1999~2003年駐在。訳書に許家屯『香港回収工作 上』、『香港回収工作 下』、パーシー・クラドック『中国との格闘―あるイギリス外交官の回想』(いずれも筑摩書房)。2019年から現在までKBSワールドラジオ日本語放送で日本向けニュースの校閲を担当。「ノッポさんの歴史ぶらり旅」をKBS日本語放送のウェブサイトとYouTubeで発表している。

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