世界に衝撃を与えた第3回米朝首脳会談。康成銀朝鮮大学校朝鮮問題研究センター長の見解

世界に衝撃を与えた第3回米朝首脳会談。康成銀朝鮮大学校朝鮮問題研究センター長の見解

 6月30日、非武装地帯(DMZ)にある板門店で行われたトランプ米大統領と金正恩委員長が電撃会談を果たした。トランプ大統領は現職大統領として初めて軍事境界線を越えて北朝鮮に足を踏み入れ、世界に衝撃を与えた。

 その後、米朝両首脳は板門店南側の「自由の家」で会談した後、ポンペオ国務長官主導の下で2、3週間以内に実務チームを構成し、非核化を巡る米朝交渉を再開すると明らかにしている。

 今年2月に開催されたハノイ会談以降こう着状態にあった米朝交渉だが、今回の板門店会談によってどのような変化が生まれるだろうか。近現代史の専門家であり、朝鮮大学校朝鮮問題研究センター長を務める康成銀氏に見解を伺った。

ハノイ会談から板門店会談までの朝鮮半島情勢

Q このタイミングで米朝首脳会談が行われた背景にはどのようなものがあるのでしょうか。ハノイ会談以降の半島情勢を踏まえて教えてください。

 まず、朝米関係を見ると、共和国側の対米交渉のスタイルは、トランプ大統領に対するトップダウン方式によるアプローチを続けてきた。

 ハノイ会談以降、共和国はポンペオ国務長官をはじめとした実務陣に向けては連日批判しているが、その一方でトランプ大統領に対してはそれとは区別して個人的な信頼関係が築かれていると強調してきた。互いの親書交換がその実例である。相当突っ込んだ内容があったようで、今回の板門店首脳会談の伏線がこの辺りにあったと考えられる。

 また、共和国は外交活動を活発化しており、特に中露と関係を強化する中で、朝鮮半島の平和のために、1.朝鮮半島の非核化、2.非核化に向けた段階的な共同行動、3.国連制裁措置の緩和という点で意見の一致を見ている。

 そのこともあり、中国の習近平国家主席はG20開催中に行われたトランプ大統領との会談において、制裁措置の緩和を促すとともに、「(朝米は)対話を通じて互いの懸念を解決する方法を見つけてほしい」と伝えたことも明らかにされている。

 他方、韓国に対しては、米国に追従していると強く非難してきた。

 韓国当局は、朝米の仲裁者を名乗っているが、朝鮮半島問題の当事者であるという意識が欠けていると指摘し、もっと自主的に行動すべきだと批判している。文在寅大統領はこのような批判を受けながらも忍耐強く朝米間の橋渡しに尽力し、G20の機会にトランプ大統領の訪韓を実現させ、(G20の前から)3回目となる朝米首脳会談の可能性を示唆してきた。

 このような状況の中でトランプ大統領は、3回目となる朝米首脳会談の開催を呼びかけるにいたったのである。

 トランプ大統領は、イランやシリア、パレスチナ、ベネズエラに対しては圧力一辺倒のポンペオ国務長官、ボルトン大統領補佐官の独走を容認しているが、朝鮮問題は大統領選挙に向けた数少ない資産の1つであることから、朝米交渉については自ら主導してきた。トランプ大統領が金正恩委員長との個人的な信頼関係にもとづく交渉を重要視していることがよく分かる。
 

停滞していた米朝交渉に再びエンジンがかかった

Q 今回3回目となった米朝首脳会談の結果をどのようにご覧になりましたか。

 会談の成果は大きく2つあると言える。金正恩委員長とトランプ大統領が個人的な信頼関係をより強固にしたことと、2、3週間以内に実務者協議の再開が合意されたことである。たったこれだけの中身であるが、2月のハノイ会談以降停滞していた朝米交渉に再びエンジンがかかったという意味ではとても重要なことである。

 
Q 今回の首脳会談の特徴として何があげられますか。

 今回の会談は象徴的な意義を持っている。トランプ大統領が現職大統領として初めて共和国に足を踏み入れ、共和国の土地で金正恩委員長と抱擁を交わしたことは事実上の終戦宣言とも言えるものである。金正恩委員長が述べた通り、明日の朝米関係の姿を象徴した出来事となった。

 また、ハノイ会談以降こう着状態にあった朝米交渉が、今回トップ会談により再開の状況に入ったという点でも意義がある。朝米交渉はもう後戻りすることができない状況にあり、あとはスピードの問題となる。トランプ大統領は「(米朝交渉を)徐々にやっていく」としているが、交渉の進むべき道は定まっている。

Q 今後の米朝交渉の展望を教えてください。

 金正恩委員長とトランプ大統領は、個人的な信頼関係に問題解決の望みを託している。朝米交渉では、実務者レベルだけでは難しいため、外交的な実務者協議を通過せずにやっていこうとしているのだ。実務レベルでも協議は重ねていくが、大きな刺激を与えるのはトップダウンである。

 ただ、交渉を互いの信頼関係に委ねることで、トランプ大統領の意向に朝米関係が左右される危険性もあるし、今後も朝米交渉には紆余曲折があると思う。

韓国は朝鮮半島統一に向けて南北の民間交流のさらになる促進を

Q 米朝交渉を進める上で何が必要になってくると考えますか。

 まず、トランプ政権内の対朝鮮政策を担うエスタブリッシュメントが朝鮮に対する敵意を和らげ、旧思考を変えていかなければならない。

 首脳間の個人的な信頼関係だけに頼る外交は、トランプ大統領の気質からして非常に危ういものがある。その意味で、今回の首脳会談の実務を担ったビーガン朝鮮政策特別代表が前に出てきたことは意味がある。朝鮮問題に真摯に向き合う人物が朝米交渉に携わることで、米国政府内の共和国への敵視ムードが改善されなければならない。

 次に、韓国についてである。

 韓国は今回、朝米会談で仲裁者としての役割を立派に果たした。ただ、文在寅大統領は南北関係と朝米関係を均衡的に推進しようとする立場であり、これまでも朝米関係がよくない状況になると南北関係も前に進まなくなった。

 しかし、朝米関係と南北関係は異なる部分がある。たとえば、開城工業団地や金剛山観光の中断したことは、元々国連制裁措置(実質的にはアメリカの制裁措置)とは無関係であり、李明博政権と朴槿惠政権の時代に韓国が独自に主導したものである。そこで、文在寅大統領は、南北関係を独自に進め、開城工業団地の操業や金剛山観光の再開など着手可能なところからやっていくべきだと考える。
 
 文在寅大統領は、現在も朝鮮半島の平和のために尽力しているとは思うが、もう一歩前に踏み出すことで南北関係の雰囲気はさらによくなるだろう。

 さらに、朝鮮統一に向けて南北の民間交流をもっと促進すべきである。

 南北関係は、今回の朝米韓会談の実現により改善されていくとみられるが、情勢次第で今後また関係が悪化する可能性も十分にある。ただ、政治交流は浮き沈みがあっても、民間交流を遮断してはならない。金大中政権と廬武鉉政権の時代は、南北間の当局者会談が中止されることはあっても民間交流が中断することはなかった。現在の南北関係においては民間交流がほとんど重要視されていないという印象を受ける。
 
 南北の統一過程に民間が参与しないことはあり得ない。民間の力はとても大事であり、海外同胞も統一過程に参与するような道を開いてほしい。

Q 米朝交渉が進む中で日朝交渉はどうなるでしょうか。日本政府が今年5月に無条件対話を提起したのに対し、北朝鮮は現在呼びかけには応じていません。

日朝交渉への地ならしに必要なこと

 たとえば、2002年の平壌宣言では、日本の過去清算、在日朝鮮人の法的地位および民族的権利に関する問題、文化財の問題、朝日共通の懸案問題(拉致問題)などが議題として挙げられている。

 このような朝日交渉は、ただ「北朝鮮」との関係だけにとどまるものではなく、1965年の「韓日条約」を正すなど、朝鮮半島全体との健全な関係に進む道につながるものだ。

 だが、日本政府は(徴用工問題に関する)韓国大法院判決を受け、今回のG20で文在寅大統領と会談しようともせず、(自由貿易の促進という)G20の精神に反して半導体核心素材などの対韓輸出を規制するという事実上の制裁措置を行った。言葉では朝日交渉再開と言いながら、行動では真逆のことをしていると言える。私には安倍首相の言葉と行動は植民地主義的なものであり、朝鮮をみくびっているとしか思えない。

 日本政府は共和国に無条件対話を提起しているが、自国の過去清算については何も触れていない。日本政府はどこかで、「北朝鮮は経済困難だからカネを欲しがっているのだろう」と考えているのではないか。

 日本側が朝日交渉を再開させることを望むならば、最初にできることは在日朝鮮人に対する制裁措置(再入国禁止など)をすぐにでも解除することである。そうすれば、共和国側も朝日交渉を再開する可能性が高いし、交渉が進めば大きな議論の中で拉致問題も進展し、日本にとってもプラスになる。2014年のストックホルム協議の時点に立ち戻ることができるだろう。

板門店会談は再出発の第一歩か。日本は朝鮮半島情勢にどう関わっていくのかに注目

 今回の米朝首脳会談に対しては肯定的意見も多い一方で、米国内外からは「トランプ大統領のパフォーマンスだ」と否定的な意見も寄せられている。

 だが、康成銀氏が述べているとおり、停滞していた米朝交渉に再びエンジンがかかったというだけでも大きな意味があったのではないか。板門店会談の是非は今後の米朝交渉の動向いかんと言ってもよい。今月、再開される米朝実務者協議に期待したい。

 一方で、日本政府は拉致問題の解決を図る上では北朝鮮との対話を進めることが必要であるという姿勢を示しているが、公式な発表を見る限りでは今のところ進展はないようだ。実際のところ、日本政府としてはあらゆる手を打ってでもすぐに北朝鮮と対話したいと考えているのか、それとも今は米朝交渉および非核化協議の経過を注意深く静観しているのかは分からない。

 今後、日本がどのようなスタンスで朝鮮半島情勢に関わっていくのかにも注目していきたい。

康成銀朝鮮大学校朝鮮問題研究センター長
1950年大阪生まれ。1973年朝鮮大学校歴史地理学部卒業。朝鮮大学校歴史地理学部長、図書館長、副学長を歴任。現在は朝鮮大学校朝鮮問題研究センター長を務めている。

八島有佑

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