産婦人科を女性健康医学科に改称?

産婦人科を女性健康医学科に改称?

李在明氏 出典 公式フェイスブック

産婦人科を女性健康医学科に改称?

 韓国の次期大統領候補、李在明(イ・ジェミョン)が、診療科目としての「産婦人科」は“日帝残滓(ざんし)”なので「女性健康医学科」に改称するという公約を発表した。

 これを反日政策と見るのは短絡的であり、この問題は、実は韓国の漢字廃止政策に起因するものである。

 与党・共に民主党の李在明は、11月11日より自身のフェイスブックで「小確幸公約」の発表を始めた。

 小確幸(ソファクヘン)とは、小さいけれども確かな幸福という意味。天下国家を論じるような大きな公約とは別に、身近な問題の解決につながる公約をして、女性や若者の支持層を拡げようという狙いがある。

 11月21日のフェイスブックでは、11番目の公約として産婦人科という名称を女性健康医学科に変えることを公約した。

「産婦人科という名称は日帝残滓」

 李在明によれば、「産婦人科という名称は日帝残滓」だということだ。彼は、京畿道知事だった今年3月の三一節で日帝残滓清算を宣言していた。今回の公約もその一環であるという見方をする者もいるが、果たしてそうであろうか。

 フェイスブックには、次のように書かれている。「未婚女性は、産婦人科が既婚女性のためのものという先入観を持っているため、行くことをためらう。産婦人科という名称は、女性を婦人と呼ぶ日帝残滓だ。女性の病気を婦人病と呼ぶ時代錯誤の認識のため、若い女性、未婚女性が病気を治せないでいる」

 日本人はこれを読んで、いま1つピンとこないのではないか。この文章の意味を正しく理解するためには、韓国語の中の漢字語についての知識が必要だ

婦人と夫人は同音異義語。発音では区別ができない

婦人と夫人は同音異義語。発音では区別ができない

仁荷大病院 空港医療センター

 韓国語で婦人(女性)という言葉は、夫人(既婚女性、奥さん)と同音異義語である。これは日本語でも同じだ。ただ、日本語では、読みが同じでも漢字が違うので混同することがない。

 ところが韓国は、原則として漢字を使わないので、ハングルでプインと書いてあると、それが婦人を指すのか夫人を指すのか区別がつかない。現代韓国語では、プインと言えば普通、夫人を指すので、婦人科を夫人科、すなわち既婚女性の病気を治す科と思ってしまう誤解が生じるのである。

 このような背景を知っていれば、先ほどの文章で李在明が言わんとしてところがわかるだろう。

 故金泳三(キム・ヨンサム)元大統領は1995年、初等教育機関である国民学校を初等学校に改称した。国民学校が日本の戦時中の国民学校に由来するものであり、元々「皇国の国民のための学校」という含意があるからという理由である。これはまさに“日帝残滓の清算”と呼ぶのにふさわしい。

 だが産婦人科のケースは、国民学校とは事情が少々異なる。

漢字追放はハングル文盲撲滅のため

 韓国語は、35年の植民地統治期および解放後に、日本語から多くの漢字語を受け入れた。それは法律用語に始まり、政治、経済、学術、文化まであらゆる分野に及ぶ。

 それらの漢字語は、日本が幕末から明治期にかけて欧米の文献を翻訳する際に作り出された和製漢語である。それらは、また韓国の近代化においても必須不可欠の用語であった。産婦人科もその中の1つであるという意味で、日帝残滓というのはあながち間違いではない。

 一方、日本が支配していた時代、教育は日本語で行われたため、解放直後の韓国にはハングルが読めない「ハングル文盲」が多く、社会問題化していた。

 そこで韓国政府は、文盲撲滅のためにハングル専用政策をとり、公文書から漢字を追放した。漢字追放は、北朝鮮ほど徹底したものではなかったとはいえ、年を経るごとに公文書以外の文献においても漢字使用率が下がり、今日では新聞でも漢字はほとんど見られなくなっている。

漢字廃止政策がもたらした副作用とは?

漢字廃止政策がもたらした副作用とは?

診療科に産婦人科(산부인과)表記が確認できるカトリック大学ソウル聖母病院 出典 Pectus Solentis [Public domain], via Wikimedia Commons

 ところが、漢字廃止はいくつかの副作用をもたらした。同音異義語の区別ができなくなったのである。

 韓国語で「最高」と「最古」、「防火」と「放火」、「連覇」と「連敗」は発音もハングル表記も同じなので区別がつかない。そのような場合、一方は別の言葉に言い換えられていくことが多い。産婦人科や婦人病は、言い換えが行われないまま残った例なのである。

 したがって、産婦人科を女性健康医学科に言い換えるという公約は、決して「反日」から出たものではない。むしろ韓国によるハングル専用、漢字廃止政策のために起こった不都合を遅ればせながら解消しようという提案として理解すべきではないだろうか。

少子高齢化が韓国社会最大の問題

 産婦人科改称公約は、李在明自身、小確幸公約として挙げている通り、些細な問題である。出産に関連しては、目下の韓国における最大の問題の1つが出生数の急激な減少にあることに異論はないだろう。

 次期大統領候補には、産婦人科の名称などではなく、少子高齢化をいかに食い止めるかという大きな課題について、ぜひ思い切った公約を打ち出してほしい。

犬鍋 浩(いぬなべ ひろし)
1961年東京生まれ。1996年~2007年、韓国ソウルに居住。帰国後も市井のコリアンウォッチャーとして自身のブログで発信を続けている。
犬鍋のヨロマル漫談

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