妻の経歴詐称で窮地に追い込まれた尹錫悦候補

妻の経歴詐称で窮地に追い込まれた尹錫悦候補

景福宮で貸衣装を楽しむ観光客

 韓国の大統領選挙まで、残すところあと2か月余り。世論調査で一時優勢だった最大野党「国民の力」の尹錫悦(ユン・ソクヨル)候補が、ここにきて劣勢に立たされている。

 そのきっかけになったのが、尹候補の夫人、金建希(キム・ゴンヒ)氏の経歴詐称疑惑だ。

 韓国でこの問題がなぜこれほどまでに問題視されるのか、その背景を探る。

履歴書の職歴と受賞歴に虚偽の記載

 昨年12月、韓国のある報道機関が、金建希氏の過去の経歴詐称疑惑を報じた。

 韓国YTNの報道によれば、金氏が2007年に水原女子大学兼任教授に任用された際、大学に提出した履歴書の記載内容に虚偽の内容があったというのだ。

 職歴には、まだ設立前で履歴書提出時には、存在していなかった協会の理事という肩書が記され、受賞歴には、複数の人による共同制作の作品の受賞が、あたかも金氏個人の受賞のように書かれていたという。

 当初、金氏本人は否定し、尹候補も妻をかばっていたが、報道が過熱し非難の声が高まると、一転して一部の虚偽記載を認め、国民に謝罪した。

曺国元法相を不正追求した尹候補の妻の不正に国民の怒り

 15年も前に提出された履歴書の内容が、なぜ、今になってここまで大きな問題になるのだろうか。まして、2007年といえば、金氏が尹候補と結婚する前のことである。

 尹錫悦候補は、前職が検察総長であり、不正取り締まりに当たる組織の長であった。今回の大統領選挙戦でも「公正と正義」をキャッチフレーズにしている。

 検察総長時代には、当時の曺国(チョ・グク)法相の娘の「不正進学問題」の追及を陣頭指揮していた。

 そのような尹候補が、妻の不正は大目に見るというのでは、国民が怒るのは至極当たり前のことだ。

就職難の韓国「スペック」重視の就職戦線と経歴詐称の横行

 韓国民は、高位公職者の経歴詐称に極めて敏感である。その背景には、学歴や職歴といった「スペック」を大変重視する韓国社会特有の風潮がある

 韓国の履歴書には、学歴(出身大学、成績)以外に、英語力(TOEICの点数)、海外留学、学外活動の経験(企業のインターンシップなど)などの欄があるのが一般的で、企業によっては、家族の職業・学歴の記載を求めるところもあるそうだ。

 昨今の就職難の中で、スペック重視の傾向は、いよいよ強まっている。その当然の帰結として、経歴を誇張したり、粉飾したりするケースも増えているという。

全人口の半分が5大姓に偏る「家門」重視の韓国社会

 経歴重視と詐称の横行は、韓国社会において、歴史的に根が深い問題である。

 韓国は、伝統的に「家門」を大変重視する。家門とは、日本式に言えば家柄のこと。家門は「本貫+姓」で表される。

 韓国の姓は、日本の名字と違って数が少なく、全部で286種類しかないそうだ(2000年の統計庁調査)。

 そのうち、5大姓といわれる金、李、朴、崔、鄭で全体の5割を占める。それぞれの姓は、始祖の出身地などによってさらに複数の本貫に分かれる。

 たとえば、全州李氏は、姓が李で本貫が全州、金海金氏は姓が金で本貫が金海である。

 朝鮮時代(李朝)、祖先に科挙(昔の高級官吏採用試験)合格者が多かったり、高名な儒学者がいる家門は、名門とされそのような家門の出身者は、社会的評価が高かった。

経歴詐称の原点は族譜=家系図

経歴詐称の原点は族譜=家系図

朝鮮王室の族譜 出典 Jocelyndurrey [Public domain], via Wikimedia Commons

 自らの家門を裏付けるものが、族譜(チョクボ)と言われる家系図である。

 しかし、この族譜こそ経歴詐称の原点なのである。

 前国史編纂委員会編史部長のパク・ホンガプ氏は、2019年2月1日付のソウル経済新聞の記事で、次のように述べている。

 「今の韓国人は、ほとんどの人が族譜を持ち、ほとんどの人が両班(ヤンバン)の子孫ということになっている。しかし、前近代の身分制度の下では半分以上の人が姓さえ持っておらず、姓を持っていたとしても両班ではなかった」

現存の族譜の多くが100年ほど前に捏造された偽物

 両班とは、朝鮮時代の身分制度で、貴族にあたる階層である。

 パク氏によれば、朝鮮時代の身分制度は、1894年の甲午改革によって廃止され、日韓併合の前年、1909年に民籍法が施行されてすべての人々が姓を持つようになった。

 事実、族譜がもっとも多く作成されたのが、まさにこの時期だったということだ。

 つまり、現代の韓国人が大切にしている族譜の多くが、100年少し前に捏造された「偽物」ということになる。

 新たに族譜を作ろうとする人々は、寄らば大樹ということで、「全州李」や「金海金」などの名門を自らの家門に選んだ。

 そのため、これらの家門に属する人々の数は、膨れあがり特定の姓に人口が偏る原因になったと考えられている。

解放後も連綿と続く経歴詐称

 実際には、韓国における経歴詐称は、1945年の光復(解放)以後も盛んに行われている。

 日本の植民地支配時代に日本に協力的だった人々は、「親日派」と言われ、解放後、指弾の対象になったが、そのような人々は、日本支配時代の経歴をなんとかして隠そうとした。

 これとは別に、抗日独立運動家の子孫であることを自称する人々もたくさん現れるようになったのである。

 現代韓国におけるスペック重視の風潮は、朝鮮時代の両班制度に起源があり、両班に憧れる当時の意識が受け継がれていると見ることもできる。

 また、経歴詐称が横行する現状は、110年前の族譜捏造や、70年前から続く「親日的経歴の隠蔽」や「独立功労者の詐称」の延長線上にあるとも言えそうである。


진심으로 사죄드립니다. 김건희 올림

 釈明する金建希氏(国民の力公式チャンネルより)。

犬鍋 浩(いぬなべ ひろし)
1961年東京生まれ。1996年~2007年、韓国ソウルに居住。帰国後も市井のコリアンウォッチャーとして自身のブログで発信を続けている。
犬鍋のヨロマル漫談

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