五輪中に開催地北京で病死

五輪中に開催地北京で病死

北京首都国際空港の保安警備員

 松野博一官房長官が、昨年12月に上海で日本人男性が中国当局に拘束されたことを明かした17日の記者会見で、もう1つ重要な話をしている。

 今月7日、スパイ罪で懲役12年の判決を受けて服役していた76歳の日本人男性が病死したというのだ。

 北京冬季五輪開催中だった。

 日本政府は、なぜ、すぐに公表し、日本として人治的なスパイ容疑での理不尽な病死に抗議の声を上げなかったのだろうか。

 オリンピックが始まったばかりのタイミングであれば、各国の目が中国や北京へより集まっていただろうに。

 持病の悪化による病死と言っても急死しわけではないだろう。もっと前もってわかっていたはずだ。

 日本政府は、何が法に触れたかも明らかにされていないスパイ罪で服役していた76歳の日本人男性を放置していたのか。

 中国政府へしつこく交渉し、定期的に男性とコンタクトを取っていれば、体調の異変に早く気付き、日本政府は、人道的な配慮で釈放を要求することもできたのではないか。

 オリンピック開催前だからこそ、中国政府も受け入れたかもしれない。まさに好機だったのではないかと思うと悔やまれる。

何がスパイ行為なのか一切不明

 松野官房長官は、

 「当該邦人の病状に鑑み、累次にわたり人道上の観点から、早期帰国を認めるよう中国側に強く働きかけてきたところであります。同邦人が帰国できないまま死亡に至ったことは誠に遺憾であり、その旨を中国側に抗議を致しました」

 と述べている。

 もし、本気で邦人保護や救出を考えているのであれば、事実上の外交的ボイコットを表明していた日本政府から外務大臣や首相経験者などを訪中させて、オリンピック前に解放交渉するという手段などは取れなかったのだろうか。

 亡くなった日本人男性は、2015年6月に北京で拘束。18年12月、スパイ罪で懲役12年の実刑と財産20万元(当時のレートで約320万円)の没収の判決を受けて服役していた。

 病死した今も男性のどの行為がスパイ罪となったのかは、一切明らかになっていない。日本政府は、それすらも求めていないのだろうか。

日本人のスパイ拘束が減ったのはターゲット国が移行しただけ

 確認できる報道ベースの範囲で、反スパイ防止法が施行された翌2015年から17年は、日本人が相次いて拘束されるも、18年1人、19年1人、20年0人、21年1人とスパイ容疑で拘束される日本人は減少傾向にあった。

 しかし、何がスパイ行為にあたるのかは、相変わらず不明瞭なままだ。

 日本人が減少した理由は、2018年が日中平和友好条約締結40周年であったことや今年が日中国交樹立50周年という節目の年を迎えることが影響したと考えられる。

 実にわかりやすい相関関係があることがわかる。

 加えて、上記の理由以上に中国と米国やカナダ、台湾、オーストラリア、欧州との関係が悪化したことで、カナダ人や台湾人、オーストラリア人のスパイ容疑での拘束が激増している。利用できるターゲットが日本からこれらの国へ移行した面も大きい。

 日本人同様にどの行為がスパイ行為なのか、具体的な話は報じられていない。

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One Comment

  1. 「人治的なスパイ容疑」
    これはどういうものですか?

    「人道的な配慮で釈放を要求することもできたのではないか」
    「病死した今も男性のどの行為がスパイ罪となったのかは、一切明らかになっていない。日本政府は、それすらも求めていないのだろうか」
    「オリンピック前に解放交渉するという手段などは取れなかったのだろうか」
    記事をお書きになるなら、もっと情報を精査したほうがよろしいですよ。
    外務大臣記者会見や国会質問で、交渉の経過やスパイ容疑の内容については、他の拘束者保護の観点から、公表しない旨述べています。

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