その他の説として、1923年に政治学者である吉野作造が在日朝鮮同胞慰問会の調査をもとに「2613名余」という犠牲者数を発表している。ただ、これは学生らによる調査の途中段階での数であり、正確なものとは言えない。そのため、6661人説が有力であると長年考えられてきたのである。

 だが、1970年代以降、各地での虐殺事件の実態が地域住民の証言などによって明らかになっていく中で、犠牲者数についても検証が進められていくことになる。

 そして、2003年、山田昭次立教大学名誉教授は犠牲者数6661人という数を「そのまま肯定できない」と発表。「(犠牲者は)数千人に達したことは疑いないが、これを厳密に確定することはもはや今日では不可能」とした上で、「朝鮮人虐殺数を今日も明確にできない根本原因は、官憲が虐殺された朝鮮人の遺体の隠匿を行ったからである」と断じている(山田昭次 『関東大震災時の朝鮮人虐殺―その国家責任と民衆責任』 創史社、2003年)。

 また、内閣府設置の中央防災会議が2008年にまとめた『災害教訓の継承に関する専門調査会報告書』は事件について言及している。報告書には「殺傷事件による犠牲者の正確な数はつかめないが、震災による死者数の1から数パーセント」という推計値が出ており、千人から数千人の在日朝鮮人が犠牲になったことを示唆している。

 このような経緯もあり、最近では犠牲者数を「数千人」とする表現が多くなっている。
 

朝鮮人虐殺事件に対する日本政府の見解は?

 さて、追悼碑が建立された1973年は6661人説が主流であった時期。そのため、碑文に「六千余名」と記されていること自体はごく自然なものであると言える。

 「数に問題があるなら修正すればいいのでは」という意見もあるだろうが、前述のとおり犠牲者数はいまだ不明である。日本政府も当該事件に関して見解を示していないのだ。

 たとえば、日本政府(現政権)は犠牲者数に関する質問主意書に対し、「調査した限りでは、政府内にそれらの事実関係を把握することのできる記録が見当たらない」ことから、犠牲者数は不明としている(衆質一九五第九号、2017年)。

 また、前述の『災害教訓の継承に関する専門調査会報告書』(中央防災会議)の内容についても、「有識者が執筆したものであり、その記述の逐一について政府としてお答えすることは困難である」として、内容を事実とは承認していない(衆質一九三第二五〇号、2017年)。

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