数多くの呼称を持つ在日コリアン

数多くの呼称を持つ在日コリアン

朝鮮総督府庁舎。韓国併合時、朝鮮という呼称に統一した 出典 門田房太郞 [Public domain], via Wikimedia Commons

 日本居住の朝鮮人や韓国人ほど多様な呼称を持つ民族は珍しい。

 在日コリアン、在日朝鮮人、在日韓国人、在日朝鮮・韓国人、在日、コリアン・ジャパニーズ韓国・朝鮮系日本人など様々で、当事者がどの呼称を用いるかは「自分は何者か」という自己規定にも大きく関わる問題である。

 その中で在日コリアン側から「日本人は朝鮮人という呼称を避けがちである」という話を時折耳にすることがある。朝鮮人とははっきり言わずに、「朝鮮の方」や「むこうの方」など遠回しな表現を使用すると言うのだ。

 一方で日本人側からも「朝鮮人という表現は正しいのだろうか」とためらう声を聞いたこともある。韓国人という呼称を避ける例はあまり聞かれないが、なぜ朝鮮人という呼称に違和感を持つ人が多いのだろうか。

朝鮮人という用語の歴史

 もちろん朝鮮や朝鮮人という語は、地域や民族を指すもので、蔑称や差別用語ではない。たとえば日本では「李氏朝鮮」と呼ばれている朝鮮王朝が1392年から1897年まで朝鮮半島に存在していた。この頃の朝鮮は国名であり、そこに住む人々は朝鮮人もしくは朝鮮民族であった。

 その後の大韓帝国(1897年~1910年)時代は「韓人」という表現もあったが、1910年の韓国併合によって大韓帝国は消滅。日本は朝鮮という地名を強制し、朝鮮に本籍地を有する日本臣民となった者は朝鮮人と称されることになった。

 1945年の日本敗戦で植民地支配が終わった後も朝鮮人という呼称は用いられてきたし、「朝鮮を取り戻した」という意味から在日朝鮮人側も積極的に使用してきた。だが、1948年に南北分断政府が成立したことで朝鮮人と韓国人という呼称の区別が出てくることになる。今では帰属意識が朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)にあれば朝鮮人、大韓民国(韓国)にあれば韓国人とされることが多くなった。

 実際、南北分断政府の海外同胞団体のうち、北側の「在日本朝鮮人総聯合会」(朝鮮総連)では綱領などで在日朝鮮人という呼称を使用しているが、南側の「在日本大韓民国民団」(民団)の綱領では在日韓国人という呼称を用いており、両者はっきり区別している。

 このような経緯もあり、現在、韓国側は「朝鮮人という語は北側を指す」という認識を持つようになって政治的理由から朝鮮人という語を避けるようになった。

 では、日本人が朝鮮という用語にためらいを感じる理由はなんだろうか。

説1 韓国併合の影響

 ここでは理由となりそうな3つの可能性をあげたい。

 1つ目は、1910年に当時の大日本帝国が大韓帝国を併合し統治下に置いた韓国併合が関係しているという説だ。

 このとき朝鮮という呼称が用いられるようになったが、内地と植民地という関係性から、朝鮮人やこれを略した「鮮人」という呼び方には差別的ニュアンスが込められがちであったとの指摘もある。これらの呼称がこの時すでに蔑称のような扱いであったとも言える。

 終戦後も日本人側は朝鮮人という言葉の響きに引き続き差別的ニュアンスを感じるとともに、植民地支配の罪悪感を思い起こさせるためその呼称を口に出すことをためらうようになったのではないかとも考えられるのだ。ちなみに、当時の日本軍の文書には朝鮮人兵士のことを「朝鮮出身兵」と呼称する例が散見される。

 陸軍省副官が1943年に作成した「朝鮮出身兵取扱教育の参考資料送付に関する件陸軍一般へ通牒」という文書には朝鮮を巡る用語について記した一文があり、当時の認識を知ることができる(下記)。同文書では、「鮮人という語には蔑視的なニュアンスが出るため使用するべきでない」としており、「半島出身者」や「半島の人」という語を用いるべきだとしているのだ。

 これは、軍の統制のために「民族間の対立をあおらないように」という配慮と思われるが、すでに朝鮮人について遠回しな表現が推奨されていることは興味深い。

※1943年陸軍省文書(原文を現代仮名遣いに直したもの)
「『鮮人』の語は用ひざるを要す。公文上必要あるもの以外にして特に区別して称呼する場合には半島(の人)(出身者)の語を用ゆるを可とす。また日本人と朝鮮人とを対立せしむるか如き使用は絶対に避け内地人と朝鮮人(又は半島人)と対せしむるを要す。註:「鮮人」の語は先入主的に蔑視の意に聴く風あり但し朝鮮人と称呼する場合に於いても発言者の気持ちを十分理解せしめ置くの要あるべし」(アジア歴史資料センター、レファレンスコードC01007778900)
 

説2 「アンタッチャブルな存在」としてきた朝鮮人認識の影響

 2つ目は、朝鮮人を危険視してきたことが影響しているという可能性だ。

 韓国併合後の1913年に朝鮮人を見分けるための「朝鮮人識別法」が作成されたが、これは朝鮮人敵視もしくは危険視のあらわれと言える。1923年の関東大震災では「混乱に乗じた朝鮮人が凶悪犯罪を画策している」などのデマにより多数の朝鮮人が虐殺されるなど、朝鮮人は昔から危険視されてきたのだ。

 現在では日朝間の政治対立も影響を及ぼしている。「反北朝鮮」という風潮から「北朝鮮と関係がある朝鮮人は危険」などの偏見が存在する。今では朝鮮人=北朝鮮人」として在日朝鮮人は二重の意味で危険視され、差別の対象となっているのだ。

 このように朝鮮人を危険視、差別視してきた歴史から、いつの間にか朝鮮人という用語自体がアンタッチャブルなものと捉えられるようになったのではないか。残念なことに、日本人の差別意識が内面化し、在日朝鮮人側も「私は朝鮮人」と公言することをはばかることが多くなったと聞く。
 

説3 韓国への配慮が浸透した可能性

 3つ目は、日本社会で「朝鮮語」という語を「韓国語」と徹底して修正してきた経緯が関係しているという可能性だ。これは韓国側の立場に対する配慮である。

 たとえば、1982年にNHKが語学番組「朝鮮語講座」を開設しようとした際、韓国の同胞団体である民団は「韓国語という呼称を用いるべき」と主張した。結果的にNHKは南北双方に配慮し「ハングル講座」という名称に変更し、その後の報道では韓国語、朝鮮語のいずれの表現も避けるようになった。「ハングル」は文字そのものを指すもので本来適切な表現ではないが、苦肉の策であったと言える。

 また、大学入試センター試験科目への朝鮮語導入の際も言語名が問題になり、結果的に試験科目としては「韓国語科目」となっている。

 このような経緯から「朝鮮という用語を使用することは適切ではない」という考えが長年にわたって浸透したことが遠因となっている可能性がある。

多様な呼称は在日朝鮮人・韓国人たちの歴史の反映

 上記3つの朝鮮呼称を巡る歴史的背景をはじめ、様々な要因が絡み合って日本人が朝鮮人という言葉にためらいを感じるようになったと考えられる。

 また今回は日本人側の視点のみで語ったが、当事者の在日朝鮮人・韓国人たちが数ある呼称の中からいずれを選ぶかは自己規定の問題であり、非常に重要なテーマである。同じ民族が南北で分断されていることで、自身がいずれの国家に帰属意識を持つのかという話になるからだ。

 先に述べたとおり、中には差別をおそれて朝鮮人であることを隠して「自分は韓国人です」と名乗るケースもあり、問題は複雑である。

 多様な呼称は在日朝鮮人・韓国人たちが差別や偏見など厳しい立場に置かれてきたことの反映とも言え、歴史とともに呼称問題について考えていく必要がある。

八島 有佑
@yashiima

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