1つ目は、1910年に当時の大日本帝国が大韓帝国を併合し統治下に置いた韓国併合が関係しているという説だ。

 このとき朝鮮という呼称が用いられるようになったが、内地と植民地という関係性から、朝鮮人やこれを略した「鮮人」という呼び方には差別的ニュアンスが込められがちであったとの指摘もある。これらの呼称がこの時すでに蔑称のような扱いであったとも言える。

 終戦後も日本人側は朝鮮人という言葉の響きに引き続き差別的ニュアンスを感じるとともに、植民地支配の罪悪感を思い起こさせるためその呼称を口に出すことをためらうようになったのではないかとも考えられるのだ。ちなみに、当時の日本軍の文書には朝鮮人兵士のことを「朝鮮出身兵」と呼称する例が散見される。

 陸軍省副官が1943年に作成した「朝鮮出身兵取扱教育の参考資料送付に関する件陸軍一般へ通牒」という文書には朝鮮を巡る用語について記した一文があり、当時の認識を知ることができる(下記)。同文書では、「鮮人という語には蔑視的なニュアンスが出るため使用するべきでない」としており、「半島出身者」や「半島の人」という語を用いるべきだとしているのだ。

 これは軍の統制のために民族間の対立をあおらないようにという配慮と思われるが、すでに朝鮮人について遠回しな表現が推奨されていることは興味深い。

※1943年陸軍省文書(原文を現代仮名遣いに直したもの)
「『鮮人』の語は用ひざるを要す。公文上必要あるもの以外にして特に区別して称呼する場合には半島(の人)(出身者)の語を用ゆるを可とす。また日本人と朝鮮人とを対立せしむるか如き使用は絶対に避け内地人と朝鮮人(又は半島人)と対せしむるを要す。註:「鮮人」の語は先入主的に蔑視の意に聴く風あり但し朝鮮人と称呼する場合に於いても発言者の気持ちを十分理解せしめ置くの要あるべし」(アジア歴史資料センター、レファレンスコードC01007778900)
 

説2 「アンタッチャブルな存在」としてきた朝鮮人認識の影響

 2つ目は、朝鮮人を危険視してきたことが影響しているという可能性だ。

 韓国併合後の1913年に朝鮮人を見分けるための「朝鮮人識別法」が作成されたが、これは朝鮮人敵視もしくは危険視のあらわれと言える。1923年の関東大震災では「混乱に乗じた朝鮮人が凶悪犯罪を画策している」などのデマにより多数の朝鮮人が虐殺されるなど、朝鮮人は昔から危険視されてきたのだ。

 現在では日朝間の政治対立も影響を及ぼしている。「反北朝鮮」という風潮から「北朝鮮と関係がある朝鮮人は危険」などの偏見が存在する。今では朝鮮人=北朝鮮人」として在日朝鮮人は二重の意味で危険視され、差別の対象となっているのだ。

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