開業翌年に起こった「金大中事件」

開業翌年に起こった「金大中事件」

営業を終了したホテルグランドパレス 出典 ホテルグランドパレス<公式>

開業翌年に起こった「金大中事件」

 東京千代田区にあった「ホテルグンドパレス」が6月30日に営業を終了、49年の歴史に幕を閉じることになった。

 1972年の開業当時は、近隣に高層の建物が少なく、地上24階のこのホテルは飯田橋駅近辺のランドマークとして親しまれる。プロ野球のドラフト会議に使われ、外国人セレブがよく宿泊したことからマスコミへの露出度も高い有名ホテルだった。

 また、日本の戦後昭和史に残る大事件の現場。1973年8月には、このホテルで金大中拉致事件が起きている。

韓国政府機関が日本国内で誘拐を実行

韓国政府機関が日本国内で誘拐を実行

訪朝して金正日総書記から歓迎を受ける金大中夫妻。2000年6月14日付・労働新聞より(提供 コリアメディア)

 金大中(キム・デジュン)は1998年に第15代韓国大統領に就任、北朝鮮に対する宥和政策が評価されて韓国初のノーベル平和賞を受賞した人物。しかし、この事件が起きた当時は、母国の政府から命を狙われる逃亡者だった。

 当時、韓国は朴正煕大統領の独裁政権下にあった。金大中は野党・新民党から1971年の大統領選に出馬、選挙は僅差で現職の朴大統領が勝利する。が、この後も民主主義の回復を求める勢力の期待が金大中に集まり、朴政権からは敵視された。

 大統領選終了直後には、車で移動中に大型トラックが突っ込んできて重傷を追ったが、これも朴政権が事故を装って暗殺を企てたものだった。

 命の危険を感じた金大中は韓国を出国。大統領選の翌年には、朴政権は韓国全土に戒厳令を発布した。司法や立法、行政の権限はすべて朴大統領が掌握する軍部に移管され、その気になれば、いつでも逮捕令状もなく彼を拘束して闇に葬ることができる。とても帰国できる状況ではない。

 国を追われた金大中だが、日本や米国では、民主化運動の闘志としてもてはやされる。これを放置しては、朴政権の命取りにもなりかねない。と、韓国中央情報局(KCIA)は、彼を拉致して殺害しようと画策する

死刑判決を受けるも日本政府の説得で執行停止に

 日本滞在中の金大中は、日本名の偽名を使って行動していた。彼は戦前の日本統治下では「豊田」という名字を名乗り、流暢な日本語を話すこともできたことはよく知られていた。

 8月8日、金大中はホテルグランドパレスにやって来て、ここに宿泊していた韓国野党党首の客室を訪問した。その帰りにホテルの廊下で襲われ空室に押し込まれる。拉致グループは、彼を薬物で意識を失わせてから、ホテル駐車場に待機していた車に乗せて神戸市にあったアジトへ移動。神戸港から工作船に乗せて韓国へと向かったのである。一国の政府機関が、他国でこのような犯罪行為を行ったことに驚かされる…。

 日本政府も迅速に行動した。海上保安庁のヘリコプターが工作船を追跡して照明弾を投下し続けた。これによってKCIAの工作員たちは、金大中を日本海に投棄して殺害するという当初の計画を断念、生きて韓国に上陸することがきた。

 その後は、自宅軟禁を経て刑務所に送られる。1979年に政敵の朴大統領が暗殺された後に政界復帰するが、1980年の光州事件で再び逮捕され死刑判決を受けた。この時にも日本政府が当時の全斗煥大統領を説得し、米国への出国を条件に死刑執行を停止させている。
 

北朝鮮による日本人拉致事件のヒントにもなった!?

北朝鮮による日本人拉致事件のヒントにもなった!?

2001年2月ロシア・プーチン大統領と会談する金大中大統領 出典 Kremlin.ru [Public domain], via Wikimedia Commons

北朝鮮による日本人拉致事件のヒントにもなった!?

 金大中には、再三の危機を日本によって救われたという感謝の念もあったのだろうか。 1998年~2003年の金大中政権下では、韓国の“お家芸”とも言うべき日本批判は鳴りを潜め、日韓共催サッカー・ワールドカップを実現させるなど協力関係が保たれていた。戦後、日韓関係がもっとも良好な時代だったと言えるだろう。

 また、これは余談ではあるのだが…、誘拐に工作船を使うという手口は、北朝鮮が行った一連の日本人拉致事件に手口がよく似ている。ちなみに、北朝鮮の犯行が疑われる拉致事件は1973年頃から起きており、その後、70年代後半には、日本政府が北朝鮮の犯行を断定した拉致事件が多々ある。いずれもこの金大中事件の後に発生したものだ。ひょっとして、韓国の手口を真似たものか。

青山 誠(あおやま まこと)
日本や近隣アジアの近代・現代史が得意分野。著書に『浪花千栄子』(角川文庫)、『太平洋戦争の収支決算報告』(彩図社)、『江戸三〇〇藩城下町をゆく』(双葉社新書)などがある。

日韓併合の収支決算報告~〝投資と回収〟から見た「植民地・朝鮮」~』(彩図社)2021年8月30日発売予定

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