北朝鮮観光を長年研究してきた著者。あの国家資格まで持つ

北朝鮮観光を長年研究してきた著者。あの国家資格まで持つ

『北朝鮮と観光』礒﨑敦仁 2019年 毎日新聞出版

北朝鮮観光を長年研究してきた著者。あの国家資格まで持つ

 先月7月末に発売された『北朝鮮と観光』。著者は、礒﨑敦仁慶應義塾大学准教授。今回は特別記事として礒崎氏に選んでもらった本書の魅力あるエッセンス箇所ご紹介したい。

 本書を読む前に巻末の著者のプロフィールを改めて拝見すると研究者らしい経歴の中に“おっ”と目を引くものを見つけた「総合旅行業務取扱管理者」。難易度が高いことで知られる国家資格だ。どうりで本書で解説される北朝鮮情勢や時代背景だけでなく手配代理店など旅行業界事情についても丁寧に説明されており読み手を引き込ませてくれるわけだ。

 研究者と旅行者視点に加えて旅行業の専門知識を加味しているため奥が広がり、北朝鮮観光を様々な切り口から考えさせてくれる内容となっている(礒﨑氏のプロフィールは文末を参照)。

『北朝鮮と観光』はじめに

 朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)をとりまく情勢が急展開している。

 核・ミサイル実験を続けてきた政権は、2017年11月に「国家核武力の完成」を宣言し、翌年初めには一転して外交攻勢に出る。政権発足以来6年以上にわたって外遊を控えてきた金正恩国務委員長が、2018年3月からわずか1年足らずの間に、中国の習近平国家主席と4回、韓国の大統領と3回、そして長年「米帝(アメリカ帝国主義)」と呼んで罵詈雑言を浴びせてきた米国のトランプ大統領と2回の首脳会談を実現させた。

 その先に何があるのかはまだ見えてこないが、日本では北朝鮮の「完全な非核化」に対して否定的な見方が支配している。北が核を放棄するなどありえない、というものである。それは、拉致、核、ミサイルという三つの懸念によって、わが国における対北朝鮮イメージが極度に悪化し、不信感が定着したことによる。

 筆者は北朝鮮政治、とりわけ政権期の政治体制に関心を持ち、朝鮮労働党中央委員会機関紙『労働新聞』の分析にこだわり、同国の論理がいかなるものであるか、その解明に努めてきた。

 しかし、資料的制約が大きく、事実関係の確認すら困難なことも多い北朝鮮を研究対象とするのは容易なことではなかった。そのような中で観光は、多様な資料を入手しやすい数少ない分野の1つであった。平壌で発行される刊行物のほか、北朝鮮観光に関するニュースも多い。渡航には事前の申請が必須であり、現地では個人行動に制限がかかるという特殊性を持っているものの、北朝鮮は、外国人観光客を積極的に受け入れてきた経緯がある。その理由は、第1に体制宣伝、第2に外貨獲得にあると考えられる。

 このことを実証するために、筆者は、北朝鮮観光に関する資料を収集し、それらを検証しながらいくつかの論考を公刊してきた。

平壌・万寿台近くの子どもたち(訪朝者撮影)

 2018年に入り、金正恩委員長が「経済建設と核武力建設の並進路線」の終結を宣言し、経済に総力を集中するとしつつ、観光業も重視していることに鑑み、これまで書き留めてきた原稿を再整理し、大幅に加筆修正して世に問うことにした。

 北朝鮮ツアーのパンフレットや関連文献は、1990年頃から収集し始めた。当時はそのようなパンフレットが貴重な情報源だったが、現在では北朝鮮観光に関する情報がインターネット上に溢れている。

 しかし、個人や旅行会社の発信する内容をもとに、それらを総括して、北朝鮮観光の実態が正面から論じられることは稀である。言語面から参入障壁が低く、北朝鮮研究が進んでいる韓国においても、観光分野について包括的な理解を得られる研究成果は少ない。

(続く)

礒﨑 敦仁(ISOZAKI Atsuhiro)
慶應義塾大学准教授。1975年東京都生まれ。慶應義塾大学商学部在学中、上海師範大学で中国語を学ぶ。慶應義塾大学大学院修士課程終了後、ソウル大学大学院博士課程留学。在中国日本国大使館専門調査委員、外務省第3国際情報官室専門分析員、警察大学校専門講師、東京大学非常勤講師、ジョージワシントン大学客員研究員、ウッドロー・ウィルソンセンター客員研究員などを歴任。総合旅行業務取扱管理者。共著に『新版北朝鮮入門』(東洋経済新報社、2017年)、共編に『北朝鮮と人間の安全保障』(慶應義塾大学出版会、2009年)ほか。

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