「南北対話の扉はいつでも開いている」尹錫悦

「南北対話の扉はいつでも開いている」尹錫悦

接戦を制した尹錫悦氏 出典 尹錫悦公式インスタグラム

 韓国の大統領選は、保守系最大野党の尹錫悦(ユン・ソクヨル)氏が勝利した。わずか0.7ポイント差という民主化以降、最も薄氷の勝利だった。

 尹氏は10日に記者会見を開き、最大の安保課題である北朝鮮に対して、文在寅(ムン・ジェイン)政権より強い姿勢で臨むことを明らかにした。

 会見では「北朝鮮の違法で不合理な行動については、原則に従って断固として対処する」と語っている。

 ただ、「南北対話の扉はいつでも開いている」とも述べ、対話にも応じる姿勢を見せた。これまで強硬一辺倒だっただけに、この尹氏の発言に私は少し驚いた。南北間で、何か水面下の動きがあるのかもしれない。

事前投票中にミサイル発射の意図

 今年初めからミサイルを連続して発射している北朝鮮は、中国や北朝鮮との外交関係を重視してきた進歩系与党、共に民主党の李在明(イ・ジェミョン)候補の当選を望んでいたとの見方がある。

 確かに、これまでも北朝鮮のメディアは、尹氏を敵視し激しく批判してきた。

 しかし、実際の行動は反対だった。大統領選の事前投票が行われていた3月5日の朝、日本海に弾道ミサイル1発を発射した。

 日本の防衛省の発表によれば、5日の弾道ミサイルは大陸間弾道ミサイル(ICBM)級だったという。

 北朝鮮が射程5500キロ・メートル以上のICBM級の弾道ミサイルを発射したのは、5年前の2017年の11月以来になる。

 韓国大統領選挙の結果が出た10日には、金正恩(キム・ジョンウン)総書記が偵察衛星の開発を担う国家宇宙開発局を視察した。

 ここで正恩氏は、「抑止力を向上させて戦争対応能力をつけるために急務で、党と政府の重大な政治的、軍事的な課題だ」と語ったという。いずれも北朝鮮メディアで伝えられた。

 今後、大型の偵察衛星を打ち上げることをにおわせた発言だ。

 北朝鮮が過激な動きをすれば、強硬な安保姿勢を取る保守系候補が有利になり、支持が集まる。

 実は、北朝鮮は今回、尹氏の当選を願っていた節がある。その理由は、北朝鮮の正恩氏が、文大統領に根強い不信感を持っているからだ。ミサイルの発射もタイミングを見計らった意図的なものではないかと疑わせる。

文大統領への不信感強く

 正恩氏は、2018年に文大統領を平壌に招き、市民15万人の前で演説するのを許した。米国との橋渡し役になってくれると期待したからだ。

 実際、正恩氏は2018年と翌19年にトランプ米大統領と首脳会談を行ったが、非核化の手順や内容と巡って合意できなかった。

 その後、文大統領は米国との仲介に努力したものの、トランプ大統領は、北朝鮮との交渉に興味を失い、現在のバイデン大統領は、中国との対立やウクライナ情勢に手いっぱいで、直接交渉に乗り出す余裕はない。

 一方で文大統領は、国防費を上乗せし、防衛力を世界6位(米国の軍事力評価機関「グローバル・ファイヤーパワーの評価による)の水準に押し上げた。

 これは米国の影響を減らし、自主国防を充実させようという共に民主党の基本政策だが、北朝鮮は裏切りと取っているに違いない。

 加えて、韓国が中国との外交関係を維持していたことも、北朝鮮には、いらだちの種だっただろう。

 韓国が中国に接近すれば、北朝鮮の存在が薄くなるからだ。そのため、尹氏のように米国重視を表明してもらったほうが相手にしやすい。

 尹氏は繰り返し、「韓米同盟を再建し、自由民主主義、市場経済、人権の核心価値を共有しながら包括的戦略同盟を強化していく」と語り、米国との関係強化を強調している。

バイデン氏との蜜月関係に期待か

バイデン氏との蜜月関係に期待か

尹錫悦氏当選を報じた11日付の労働新聞1面で伝えるのは金正恩総書記の発射場視察(提供 コリアメディア)

 尹氏とバイデン大統領の距離が近ければ、再び米朝首脳会談を開く機会も出てくるからだ。その証拠に、バイデン大統領は異例の早さで尹氏に当選祝賀の電話をかけている。

 北朝鮮は11日になって朝鮮中央通信だけでなく、住民も読む労働新聞に、尹氏の当選を実名入りの記事を掲載した。「保守候補の当選を名前入りで報道したのは異例」(韓国YTNテレビ)という。

 北朝鮮は当面、4月15日の故金日成(キム・イルソン)主席生誕110周年までの間に軍事偵察衛星や新型のICBMの試験発射を行うとの見方が有力だ。

 政治経験が8か月しかない尹新大統領を揺さぶる意味もあるだろう。北朝鮮の動きが、今後活発化するのは間違いなさそうだ。

五味 洋治(ごみ ようじ)
1958年長野県生まれ。83年東京新聞(中日新聞東京本社)入社、政治部などを経て97年、韓国延世大学語学留学。99~2002年ソウル支局、03~06年中国総局勤務。08~09年、フルブライト交換留学生として米ジョージタウン大に客員研究員として在籍。現在、論説委員。著書に『朝鮮戦争は、なぜ終わらないか』(創元社、2017年)、『金正恩 狂気と孤独の独裁者のすべて』(文藝春秋、2018年)、『新型コロナ感染爆発と隠された中国の罪』(宝島社、2020年・高橋洋一らと共著)など、近著『金正恩が表舞台から消える日: 北朝鮮 水面下の権力闘争』(平凡社、2021年)。
@speed011

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