高齢者ばかりの政権で異例の50代女性外相

高齢者ばかりの政権で異例の50代女性外相

ハノイでの米朝首脳会談へ同席する崔善姫氏(提供 コリアメディア)

 北朝鮮の核実験を巡る緊張が高まる中、北朝鮮で思いがけない人事が発表された。

 外相に崔善姫(チェ・ソンヒ)第1外務次官が選ばれたのだ。崔新外相は長い間、米朝協議の最前線で通訳や実際の交渉役として活動してきた。秘密めいた笑顔を絶やさないことから、西側外交関係者から「マダム・チェ」と呼ばれている。

 北朝鮮の政権幹部は70、80代の男性が主流だが、崔氏はまだ50代と異例の若さ。さらに、初めての女性外相でもある。

 金正恩(キム・ジョンウン)総書記の実妹である与正(ヨジョン)氏とも関係が深いとも言われている。

 北朝鮮は表向き、米国や韓国との対決姿勢を見せているが、米国は朝鮮半島に続々と最新鋭の戦闘機を終結させており、力ずくで北朝鮮を抑え込む姿勢だ。

 韓国の専門家は、マダム・チェの外相抜擢について、「米国との対話に乗り出すサインではないか」と分析している。

表情を変えない冷静な通訳ぶり

 私が最初に彼女を見かけたのは、スイス・ジュネーブだった。1999年の事なので20年以上前のことになる。

 当時、ジュネーブでは米中と韓国、中国が参加した4者協議が開かれ、北朝鮮の核問題が話し合われた。

 世界の注目が集まっており、会合が終わるたびに北朝鮮代表団にメディアが殺到した。そんな混乱した場面でも、表情を変えず冷静に通訳を続ける姿が印象的だった。

 1964年生まれの崔は、北朝鮮で首相を務めた崔永林(チェ・ヨンリム)の娘とされる。

 外交官養成機関の平壌外国語学院(6年制の高等中学校)を卒業した。南ヨーロッパのマルタ共和国、中国に留学し、英語をマスターした。

 マルタは、ひと目につかず英語が学べるため、多くの北朝鮮の要人が滞在する秘密の場所だった。現在は、受け入れをやめている。

 韓国統一省によれば、1980年代半ばに北朝鮮外務省に入った。

米朝会談失敗で革命化教育の噂も

 2010年10月に外務省米国局副局長。18年3月には外務次官に、さらに第1外務次官にとトントン拍子で昇格した。

 2018年6月、シンガポールでトランプ大統領(当時)と正恩氏との初の米朝首脳会談が予定されていた。その直前に、ペンス副大統領(当時)が北朝鮮に核放棄を求めた。この発言に崔が「無知で愚かな発言だ」と厳しい調子で批判した。

 この発言に対抗して、トランプ大統領はツイッターを通して、直ちに米朝首脳会談を取り消すと明らかにし、会談の見通しが立たなくなったことがある。

 これだけでも責任を取らされそうだが、韓国政府や北朝鮮の働きかけもあって、6月になって史上初めて米朝首脳会談が実現した。

 しかし、大きな成果は出せず、2019年2月にもベトナム・ハノイで第2回の米朝首脳会談が開かれたが、今度は途中で決裂というみじめな結果に終わっている。
 
 北朝鮮側が、トランプ大統領の強硬姿勢を読み誤ったためだった。

 正恩氏は、崔を含む会談の実務担当者を厳しく叱責したという。会談決裂後、崔は3か月間にわたる革命化教育を受け、その後、復権したと北朝鮮専門メディアのDaily NKが報じている。

 革命化教育というのは、炭鉱などでの強制労役を意味する。確かに崔の消息は、このころ一時途絶えた。さらに、2021年1月の8回党大会では、降格させられてもいる。

対話路線への転換に道開くか

 彼女に何が起きたのか、いまだにはっきりしないが、2021年3月には、「米国の敵視政策が撤回されない限り、無視し続ける」との第1外務次官の肩書きでの談話が出され、健在であることが確認された。

 これまで北朝鮮では、外相はあまり権限がなく、外交交渉は対米・対韓業務を担当する朝鮮労働党の統一戦線部長が担当することが多かった。しかし、崔外相は、豊富な現場経験があり、米国側にも顔が知れている。

 弾道ミサイルの発射や核実験でさんざん揺さぶったあと、米国側にそれとなく協議を持ちかけてくる可能性もある。

 これまで米国との対決を呼びかけてきた正恩氏や与正氏のメンツを潰さないためだ。

 マダム・チェの外交手腕が再び試されそうだ。

五味 洋治(ごみ ようじ)
1958年長野県生まれ。83年東京新聞(中日新聞東京本社)入社、政治部などを経て97年、韓国延世大学語学留学。99~2002年ソウル支局、03~06年中国総局勤務。08~09年、フルブライト交換留学生として米ジョージタウン大に客員研究員として在籍。現在、論説委員。著書に『朝鮮戦争は、なぜ終わらないか』(創元社、2017年)、『金正恩 狂気と孤独の独裁者のすべて』(文藝春秋、2018年)、『新型コロナ感染爆発と隠された中国の罪』(宝島社、2020年・高橋洋一らと共著)など、近著『金正恩が表舞台から消える日: 北朝鮮 水面下の権力闘争』(平凡社、2021年)。
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