第4期は、1980年代以後で「朝鮮史の体系化と啓蒙的役割(朝鮮民族第1主義)強化」期である。

 1989年12月28日、金正日は党中央委員会幹部の前で「朝鮮民族第1主義精神を高く発揚しよう」という演説を行った。この演説の中で金正日は「わが領袖・わが党・主体思想・社会主義が第一という矜持と自負心を大切にし、主体革命偉業の完成のために力強く闘っていこう。朝鮮民族の偉大性についての矜持と自負心を大切にし、朝鮮民族の偉大性を一層輝かせよう」と表明し、この方針は後の統一運動における「わが民族同士」という民族自主性、民族共助のコンテンツにつながっている。
 
 歴史学界では、1968年以後中断されていた『歴史科学』が1976年以後復刊され、1986年には『朝鮮考古研究』が発刊されている。また、朝鮮史の体系化・整理が行われ、1993年には、檀君の遺骨が発掘され翌年には「檀君陵」が建設された。
 
 解放後から現在にいたるまでの朝鮮における歴史研究を振り返り、「共和国の歴史記述の変化として挙げられる例の1つは、朝鮮民族の形成に関する認識の変化である。1956年12月、共和国歴史家民族委員会と科学院歴史研究所の共催で行われた『朝鮮におけるブルジョア民族形成』に関する討論会では、『朝鮮民族の形成はスターリンの定義に沿って準民族からブルジョア民族へと段階的に構想されている。形成時期を1905年以後としている』とされていたが、現在では、『朝鮮半島から中国東北地方一帯にかけて、原人から古人、また新人に進化する過程で朝鮮古類型人が生まれた。青銅器時代(紀元前4000年期後半)に入り、朝鮮古類型人の中から現代朝鮮人および靺鞨(女真)が生まれた。紀元前3000年ごろ、大同江一帯に古代国家・「古朝鮮」(「前朝鮮」)の形成とともに単一血統の朝鮮民族の原型が形成された』とされている」と指摘した。
 
 今後の課題や展望について「共和国では政治変動と軌を一にして、ソ連理論=マルクス主義史観(第1期)→主体理論の重視(第2期)→主体的歴史学(第3期)→朝鮮民族第1主義(第4期)と歴史理論が変化している。2000年の『6.15南北共同宣言』発表以後、南北の歴史研究交流が進んだが、その後11年間中断することになった。しかし、今年の『板門店宣言』、『平壌共同宣言』では南北歴史研究交流を進め、来年の「3.1運動」100周年で記念行事を共同で開催すると明記された。

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