2週間の隔離中に邦人男性死亡

2週間の隔離中に邦人男性死亡

軍による民衆殺害が続くミャンマー・ヤンゴン(旧ラングーン)

2週間の隔離中に邦人男性死亡

 軍事クーデターによる混乱と民衆殺害が続くミャンマーで日本人男性が3月31日に死去した。死亡した男性は、20年以上ミャンマーと関わりがあり、3月中旬にミャンマーのヤンゴンへ到着し、2週間の隔離中だった。

 今、この男性が毒殺、殺害されたのではとミャンマー関係者の間で噂になっている

 亡くなったのは田中利治さん。高知大学農学部を卒業後、東京農業大学勤務を経て、1999年にミャンマーへ渡り、2001年からミャンマー連邦共和国政府農業顧問となり2018年までミャンマーの農業指導に従事してきた第一人者だった。

不自然な死亡状況

 田中利治さんは2日に現地で火葬予定と現地法人サイトが1日、伝えている。

 同サイトでは、田中さんが亡くなったときの状況も伝えている。その一部をお伝えすると、先月末、ホテルでの隔離中に面識ない人間から食事の差し入れがあり、それを口にしたところ、具合が悪くなったと関係者へ電話連絡があった。

 連絡から数日後の31日昼過ぎ(現地時間)に室内で嘔吐して倒れているところを発見。すでに呼吸はしていなかった。

 新型コロナウイルス感染症対策なのか、軍事クーデターの影響か不明であるが、その後、軍の病院へ運び込まれたのは、発見から8時間後の午後9時過ぎ。病院で田中さんの死亡が確認されたとのこと。

 火葬前の2日午前に軍の病院で司法解剖が行われたようだ。

 状況からして不審死であることは明らかだ。関係者が田中さんの毒殺と疑うのは当然のことだ。田中さんがミャンマー軍にとって都合の悪い存在だと認識されていたのであれば、死因などは徹底的に隠蔽されて公表されることはないだろう。

 現時点では、在ミャンマー日本国大使館は何も情報を発信していない。

ラングーン事件で北朝鮮と断交したミャンマー

 先日、北朝鮮がマレーシアとの国交を断絶したが、北朝鮮の断交で思い出すのは、1983年のラングーン事件ではないだろうか。事件は当時のミャンマーの首都ラングーン(現 ヤンゴン)で、北朝鮮が韓国の全斗煥大統領一行を狙ったテロ事件。21人の死者を含む47人の死傷者を出す大惨事だった。このときは、ミャンマーから北朝鮮との国交を断絶している。

 ところがその後、軍事政権下だった2007年にミャンマーは北朝鮮との国交を回復させている。

 国交回復後の2011年7月にはヤンゴンに北朝鮮レストラン「平壌高麗レストラン」が開店し、同店は、2018年1月上旬の国連制裁履行を受けて4月ごろに閉店するまで営業していた(North Korean Restaurant in Yangon Ordered to Close its Doors)。


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