「関東大震災朝鮮人虐殺事件」98周年も犠牲者数は不明のまま

「関東大震災朝鮮人虐殺事件」98周年も犠牲者数は不明のまま

朝鮮人犠牲者追悼碑(墨田区・都立横網町公園)

 1923年9月1日の関東大震災から今年で98年となる。明治以降の地震被害としては最大規模の被害であり、死者・行方不明者は推定10万5000人にのぼる。

 その混乱の中で「関東大震災朝鮮人虐殺事件」と呼ばれる大事件が起きた。「朝鮮人が暴動を起こす」といったデマを発端に、官憲や自警団の手により朝鮮人および朝鮮人と誤認された人々が殺害されたのだ。

 朝鮮人に対する日本人の差別意識が招いた事件であり、現在でも当時と同様の「朝鮮人蔑視」が続いていると危機感を持つ人も多い。

 だが、事件から98年経った今でも判明していないことが多く、研究者らによる真相究明のための調査が続いている。

長く支持されてきた6661人説

 犠牲者数も解明課題の1つである。各地の事件によって「多数」の犠牲者が出たことは分かっているものの、その実態は不明なのだ。

 当時の「司法省報告書」には9月2日から6日までに発生した事件で朝鮮人233人が殺害されたと記録されているが、これは犯人が確定して起訴された事件だけの被害者数であり、全容を現すものではない。

 一方、事件後に官憲の協力が得られない中で「在日本関東地方罹災朝鮮同胞慰問班」などが調査を行なっている。その調査結果を受けて上海の大韓民国臨時政府は機関紙「独立新聞」(1923年11月28日付)で事件の犠牲者を「6661人」と発表したのだ。

 政府発表もないため6661人説が長く支持されてきたが、1970年代以降に聞き取り調査などが進む中でこの数が疑問視されるようになる。

 2003年に史学者である山田昭次立教大学名誉教授は犠牲者数が「数千人に達したことは疑いない」としつつも、6661人説を肯定できないと発表した。そして、官憲が朝鮮人の遺体の隠匿を行ったために、現在では正確な犠牲者数を知ることはほぼ不可能であると断じている。

2017年に都議会で朝鮮人犠牲者追悼碑の文言が問題視

 このような経緯で現在では被害者数を「数千人」と記すことが多くなったが、かつて主流であった6661人説などを指して「被害を誇張している」として非難されることもあった。

 たとえば、1973年に建てられた都立横網町公園内(墨田区)の朝鮮人犠牲者追悼碑には「六千余名」という犠牲者数が記されているが、2017年3月の都議会一般質問でこの碑文が問題視された。

 自民党の古賀俊昭都議はこの数が根拠希薄であるとして、「事実に反する一方的な政治的主張と文言を刻むことはむしろ日本および日本人に対する主権及び人権侵害が生じる可能性があり、今日的に表現すればヘイトスピーチであって到底容認できない」と言及した。

記事に関連のあるキーワード

おすすめの記事

こんな記事も読まれています

コメント・感想

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA